大阪府の橋下知事が大阪府内43市町村の首長との意見交換で見せた涙が話題となっている。財政改革を旗印にして立候補し、府民の圧倒的な信託をえた知事であり、厳しい歳出の削減は当然の事とは言え、市町村の予算執行ができず、市民生活に影響する予算の末端まで把握した上での削減かどうかが気になるところでもある。

 ただし、多くのテレビカメラが並んだ前で、首長たちは厳しい視線を意識して発言しただけでなく、完全に悪者役となる覚悟での意見であり、全てを言い尽くしていないと思われる事から、再度の意見交換の実施と同時に、人気者だけにテレビカメラを意識した涙との疑惑と、カメラを排除した本音の意見交換がなされるべきでもある。

 全国の知事たちからは国の交付金の削減や道路整備に対する予算の削減に反対する意見が政府に寄せられ、自民党は時間切れとなったガソリン税を再度議決するとの情報が大勢を占めているが、自民党の応援で当選した橋下知事が、府下の市町村長に補助金の削減を訴えている姿は皮肉とも思えてくる。

 もっとも、自民党のように歳入を増やす手立てはなく、お願いする立場になっているとは言え、一方的に市町村への補助金削減を発表し、テレビでの人気を背景として、涙を見せることで押し切ってしまう論法は乱暴でもあり、府下の市町村の補助金削減の比率で国からの補助金も放棄してもらいたいところでもある。

 公約の実現は重要であるが、市町村の首長にもそれぞれの公約があり、市町村の予算配分は地域住民の生活に直結することから、財政再建のために歳出削減が自身の公約だけではなくとも、歳出の削減を一方的に発表する前に市町村と十分な調整をする事と、大阪府民に自ら具体的な説明をする事が忘れられてはいないか。

 同じタレント出身とは言え、宮崎県の東国原知事とはまったく違う乱暴な手法に、危うさと同時に人気を背景とした独善的な手法との疑念が捨てられないが、今後もテレビカメラの前でのセレモニーが続けば、地域住民の民意すら首長が代弁すれば悪者にされる可能性も高く、橋下知事の政治力よりも人間としての資質が気になるところでもある。

 さて、国の混乱は治まらず、我家でも母親が後期高齢者の保険税が年金から差し引かれる事に、自民党や小泉元首相を名指しで批判を続けている。地方議会とは言え、この制度に賛成票を投じた立場から、保険税の見直しと同時に、地域住民への十分な説明を求めたいと思っている。

 公的負担も増え、行政からの地域サービスが低下しても当然のような流れは断ち切らないとならない。一方で、公的負担も収めず、行政の補助を当り前として生活する横着な市民の存在も断ち切らないと、真面目な自律する市民に負担が集中し、公的負担も収められない混乱が予想される。国の末期的様相ではないか…
                                 4月18日の一言