
横井庄一陶芸の記録 http://blogs.yahoo.co.jp/oshika59/folder/1236758.html
帰国して10年(横井庄一がグアム島で発見されたのは昭和47年)を記念して、昭和56年から東京、大阪、仙台と全国各地で開催された作陶展だが、残されている案内状では最後となるのが上のハガキである。
横井庄一は自身の手で、『明日への道』(昭和47年)と、『無事がいちばん』(昭和58年)を出版し、59年2月にも『横井庄一のサバイバル極意書もっと困れ!』(小学館刊)を発行しているが、この年の6月に右目の白内障の手術(藤田保健衛生大学付属病院)を受けており、翌年の3月には胃がんの手術(国立東名古屋病院)を受けている。
昭和57年には、横井庄一と美女7人による『ザ・サバイバル』(テレビ朝日)に出演し無人島での原始生活を再現し、58年、59年、60年(横井不参加)と番組は続いたが、本の出版や陶芸の作陶展なども身体の不調からこのあたりがピークとなっている。
発見されて時の人として全国を走り廻り、落ち着いてからテレビのバラエティー番組出演や出版、作陶展と充実した日々も長くは続かず、このあたりで本人の代弁者として、本人からの聞き取りをしてあると貴重な戦争体験が後世に伝えられたと思うものの、私自身もこの年に三人目の次男が誕生しており、そんな事にはまったく無関心でもあった。
本日は館長不在の記念館で、庭に植えられた我家から移植された槙やツツジを眺めながら、聞こえてこない本人の言葉から時間の経過と世代交代の現実をヒシヒシと感ずる一日となった。
4月13日の一言








