このブログを書き込んで、夕食後に転寝をしていると携帯電話が鳴り、歓送迎会後の「良い気分」となっていた市職員と偶然に出会って運転手役となった議員(何か可笑しくないか?)の訪問を受け、3人で近所の珈琲屋で議論を続けていると、「12時を廻った」の一言を聞いた。

 25日のブログの空白を避けたいが、自宅に戻る時間もなく、携帯電話で間に合わせの送信をして、走って帰宅すると、1分間の遅れで25日は空白になっていた。1分間とは言え、遅れは取り返しがつかず、これが選挙なら投票もできず、遅れついでに気分を変えて書き直しである。

 さて、本日(昨日)は、ボランティアで高齢者を病院に車で付き添う知人にとって、初めて複数の依頼が重なる嬉しい悲鳴となり、重複する場合の補欠役となっていた私も自宅で待機していたものの、時間になっても連絡がなく、「出動したら珈琲代に」と約束していたが全額自腹となってしまったのである(悲)。

 ボランティアであり、有償とは言え600円が利益とは思えないが、来るはずの連絡がなく、私にとっては初めてとなる出動機会がなかった事から、「ずっと、待っていたんだが…」のグチになったが、知人によれば私が市議会議員であるから頼み辛かったのではないかとの話であった。

 病院に行く公共交通や家族の足がなく、病院に行きたい時に行けない人々の足を確保するために、低価格の有償ボランティアを含めたNPO法人を立ち上げたのであるが、その張本人である私にボランティアを依頼しづらいとの住民の意識に、議員と住民との大きなカベを実感させられた一日ともなった。

 もっとも、知人は帰りの連絡のないままとなった住民の安全確認に送り届けた病院に走り、タクシーを呼んで無事帰宅された確認をしたが、こちらも5分待ってもらえば間に合ったとの話に、1分であっても時間の予測の難しさを実感したのでもあった。

 「何故ッ、連絡がないんだ」と言う私に、「議員を送迎役にはできないんじゃないか」の言葉が返ってきたが、私を通して頼まれたボランティアだけに、私にも身体を張ったボランティアを依頼して欲しかったと無念の思いが強い。

 そうやって考えると、深夜に議員を運転手役とした酔っ払いの市職員(管理職ではありませんよ)は大したものである。そんな酔っ払いの運転手役で我家に走ってくる若き庶民派議員の存在に、時代の変化を感じるとともに、明るい光明を見せてもらったように思えてきた。
                          4月25日の一言