昨日は息子の忘れ物が目覚ましとなったが、本日は市民の方からの相談事の電話によって朝一番で市役所で待つ人のもとに走る事となった。

 ただし、法的な専門家の手続きを必要とする案件であり、専門家も親族間のいざこざから仕事に手を出さない案件だけに、「何とかお願いします」と言われても、相手によっては憎まれるだけでなく、刃傷ざたに発展する可能性もあり、うかつに動ける問題でもなかったのである。

 こんな時に活躍すべき専門家が動く事ができない原因は、前記したいざこざを抱えたくない事と同時に、目的が達成しないかぎり報酬にもならないからであり、素人の当方にとっては無報酬のうえにいざこざの当事者になる可能性があり、極めて厳しい相談であった。

 さて、明日から議会が開会されるが、こんな問題を抱え込むと確実にストレスがたまり、素人では解決できない問題ゆえに、最後は専門家の手にゆだねるしかないが、それも双方を納得させる結論まで導いておく必要があり、「とにかくお願いします」と言われたものの、私の限界を超えた問題である。

 「勝手に期待して、行動しないで下さいよ」と言ったものの、相手は完全に期待しているようでもあり、何ともならないと思っているようでも、私なら何とかできると信じ込んでいるようでもあり、私の言葉が伝わらない様子でもあった。

 相談者はかなりの高齢者で、親族間の関係も冷え切っており、同居する子息には知らせないで欲しいとの要望では、明るい展望が見えてこない。

 役場を後にして道路に出ようとすると、警察が事故の現場検証の最中であり、事故の当事者が知り合いのため雨の中を付き合う事となったが、事故原因は相手の単車が悪いと言うものの、相手が救急車で運ばれた事から、とんでもない災いを負った可能性を感じた。

 こちらも相手は80代の高齢者との事だったが、病院に搬入されたものの軽傷で「飛び出した私が悪い」と自己責任を認めたとの報に、こちらは高齢者の正直な応対に救われたようで、何を言っても判らない事とウソのつけない高齢者の裏表を見せられる一日となった。
                          6月2日の一言