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 稲沢市大塚町の性海寺で開催されている「あじさい祭り」を目的として知人達を誘い、隣に建つ「せんき薬師」と恵明寺にも立ち寄ってきました。

 あじさい祭りについては、添付したブログ⇒『http://blogs.yahoo.co.jp/trek_orbea/10055011.html』を参考にしてもらい、私は先に、性海寺の東200メートルに位置する「せんき薬師・西福院」に参拝いたしました。
 西福院は真言宗智山派のお寺で、道路沿いには「日本一ヶ所せん病封じ祈願所、尾張三霊場第3番」の大きな看板が上がっている。(写真上が本堂)

 「せんき」とは聞きなれない言葉であるが、「疝気(せんき)」とはスジの病で神経痛・リウマチ・腰痛・脱腸等々身体に巡っている筋の痛みの古の総称との事で、この寺は昔から「脱腸」への効力が遠くまで伝わり、現在でもせんき封じの祈祷をはじめ、様々な病気平癒の祈祷や身体健康等のご祈祷を随時受け付ている。

 本日の参拝時にも複数の信者が本堂で祈祷を受けておられたが、この寺には本堂の南に神道の「御岳様」が奉ってあり、先代住職は御岳教の先達との交友も多く、御岳信仰にも熱心な理解者だったようで、まさに役行者小角や行基菩薩の系譜となる弘法大師の真言密教が受け継がれている事を実感する。

 本堂正面の山号の揮毫は、同じく真言宗智山派のお寺で安産の効能で有名な祖父江地泉院の住職で、書家としても高名な三神僧正http://www.shodo-journal.com/calligrapher/ma/mikamieiken/mikamieiken.htmlの手によるものである。

 西福院を南に歩くと50メートルで「南無大師遍照金剛」のノボリと大師像がたつ「恵明寺」がある。ここでも般若心経を一巻あげて、西へ進むと目的地の「性海寺」の正面に出る。

 ただし、山門の前には私の一番弱い「饅頭屋」が屋台を出しており、「一つでも良いですか」と饅頭を食しての参拝(帰りにも一個)となる。性海寺は⇒http://akon.sakura.ne.jp/mytown/ajisai/syoukai/syoukai.htmlを参照して下さい。

 さて、添付したHPには、寺の縁起伝承として「弘仁九年(818)、空海が熱田神宮参詣の折り、老翁の教示により大塚を築き,銅像の歓喜天を埋める』とあるが、大塚については稲沢市の文化財として「今から1400年以前の古墳」と記されている事から、この地が弘法大師が訪れる前から神聖な地であった事がうかがえる。

 目的の「あじさい」については、地元の新聞が報じてはいるが、他の名所とは比べ様もなく、私は「あじさい祭り」を口実にして、何度となく知人を誘いながら真言密教の聖地としてこの地を訪れているのでもあります。性海寺本堂前には、四国八十八ヵ所や西国、坂東、秩父を巡拝した「稲沢新栄講」の石塔(写真下)が建ち、86名の連名に手を合わせずにはいられませんでした。

 山門正面の愛染明王前には小さな祠があり、中に弘法大師像が奉られており、我家の仏壇の中で煤で汚れて肩身の狭い思いをされている大師像に酷似している事から、「何とかせねば…」と放置してある大師像の扱いについて想いを馳せる一日ともなりました。同行二人ではなく、同行三人の身勝手な顛末となりました。
                                  6月6日の一言