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 明日より開催される展覧会に出品する書道作品を名古屋まで引き取りに走り、まもなく会場に到着という時に携帯電話が鳴り、誰かわからないままに出ていると、「おーい、もうあんたの作品だけだよッ」と催促の電話である。

 明日から3日間、愛西市の佐屋公民館で開催される『グループ茜合同展』に、私は恩師とともに書の作品を出展していますが、私の作品「般若心経」は表装に出したままとなっており、満足に見ないままに会場に展示されました。

 私と恩師は初めての出展となるが、この合同展は今年で21年目となる歴史のある展覧会で、画廊喫茶茜屋に関係する地域の芸術家たちの作品が出展されており、「年々出展者が減ってきた」と聞いているが、今年も70人をこえる人々の出展は見事の一言としか言いようがありません。

 歴史とともに、高齢化も必然となり、出展者の減少を聞くうちに、「私もいつかは出展しようかな」とつぶやいたのが縁で誘われ、上高地か高校野球の写真を出品しようと考えていると、「あんたは、書。写真はいらないよ」と言われ、得意な分野ではなく書の出展が決まったのであった。

 「書は半人前だから」
 「誰もが最初はそうだ」
 「写真の方が自信があるけど…」
 「得意な物より、下手な方が良いの」
 「写真も良いのがあるけど…」
 「あんたは書でハジをかいたほうが良いの」

 全く理不尽とも思えるマスターの選択であったが、選択した以上はと作品を何枚も書き上げたものの、満足な作品にはならず、真心を込めて「般若心経」を書き入れれば大丈夫かと、今月になって書き入れた写経が今回の作品である。

 思い起こせば、この合同展には今年亡くなった私の恩師長谷川丈夫先生もかつては出展されており、恩師と一緒に活動されていた仲間も出展されているが、恩師の後継に指名された現在の恩師後藤先生と2人で出展するのも縁としか言葉が思い当たらない。
                             6月26日の一言