本日は横井庄一記念館の留守番であったが、横井夫人が愛知県の護国神社で開かれた戦没者の遺族会に参加するため名古屋まで送り、夕方は本日まで開催されていた展覧会の作品を恩師と搬出に愛西市まで走り、記念館に戻ってボランティアを自宅に送り、交差点に差しかかると遠くから三男が自転車で走ってきた。

 「先に行け!」と背後を車で追ったが、息子は豊橋競輪場から津島市まで自転車で走ってきた疲れも見せず、逞しいフトモモを回して自宅に入っていった。この時点で豊橋で別れて帰宅中の家内が戻っておらず、休憩していたとはいえ家内の車より早く、雨中を豊橋市から走ってきたのであった。

 三男は夏に東海地区から選抜されて派遣されるツールド東北に標準を絞っており、しばらくは短距離ばかりの練習だった事から、長距離の練習のために激しい雨の中を走ってきたようだが、こんな根性をインターハイや国体の試合で発揮して欲しかったとは親の身勝手な感想でもある。

 それにしても3時間で豊橋市から津島市まで戻ってくるとは思わず、「早かったな」と言うと、「よく判ったネ」、「岡崎からついてきたんだぞッ」、「うそッー」と、ウソでも嬉しそうな顔を見せた。競輪場で転倒してスリ傷を負っていると聞いていただけに、何事もなかった事に感謝でもある。

 半月前までは競輪だけが全てのような生活であったが、恩師達から大学も視野に将来を考えるように言われ、競技結果が伴わなかった事は残念だが、日頃の練習では結果が出せても、人を蹴落としても勝つ執念が不足している事や、実力不足を自覚した事と、惜敗直後に高価な自転車を注文してきた事から、やる気が失せていない事が親を元気づける。

 さて、ボランティアやNPO法人の仕事の遅れを痛感していたが、来年からは唯一残された扶養家族への仕送りが必要となりそうな事から、改めて保護者としての働きも考える必要があり、自分自身にも大きな転機とすべき足音も実感する一日となった。
                         6月29日の一言