「裁判に訴えてでも…」とは、交通事故や隣人との揉め事に立ち会う際によく耳にする言葉であるが、裁判がいかに大変な日時や労力と同時に、びっくりするほどの費用がかかる事を実感する一日となった。

 知人の息子さんが事件を起こして警察署から帰っていないが、被害額が少額なことから家族も簡単に思われていた様子だが、帰してもらえると思っていた息子さんは裁判が確定するまで身柄を拘束され、保釈を申請するのに3百万円から4百万円が必要と聞かされる事となった。

 人には「魔がさした」と思われるような過ちを犯す事があるが、反省しても犯した罪は打ち消す事ができず、「まさかあの子が」と人々が口にするような人物でも、わずか数千円の被害額によって裁判が結審する2から3ヶ月も身柄が拘束されるとは人々は思いもしない。

 幸いにして地元出身の弁護士が存在し、今までにも何度か無一文状態の人の相談にのっていただいていた事から、今回の事件の弁護を依頼する事になり、本日弁護士事務所へ同伴して訪れたのであるが、真面目一筋のご両親の常識は裁判には通用しない。

 「やった事だから責任をとるしかない」との言葉は当然だが、相手に弁済して謝罪しても起訴されれば裁判となり、数千円の問題で20数年務めた会社も懲戒免職となり、相手と示談で交渉して不起訴としなければ、息子さんの身柄は拘置され続ける事となる。

 「息子は持病があるので、定期的に病院に行かなければならない」の一言も、身柄を拘束中に外部に出る事は許されず、「それでは病気が悪くなってしまう」の一言も、必要な治療は警察や裁判所が判断すると言われ、犯罪人には自由がない厳しい現実に気づかされるのである。

 さて、これ以上の内容を記す事はできないが、突然の事件や事故で身柄を拘束されると、日頃常用している薬も差し入れが許されないのである。必要な薬については指定医師の診断で薬が処方されるが、複数の症状を持っていると大変である。

 本人の身柄が警察に拘束されると、家族でも連絡すべき電話番号すら判らず、通院する医療機関から病気の診断書すら書き入れてもらえず、こんな時にこそ自分の全てを把握している『かかりつけ医』の存在が大切と実感させられる一日となった。
                           8月29日の一言