本日より9月議会が開会し、24日の最終日までしばらくは本業の議会生活が続きます。今年に入ってから議会改革の一環として、6月議会から一般質問の登壇順位が通告順となり、議会での質問回数が今までの3回から、自席に戻ってから一問一答式で回数制限がなくなりました。

 一般質問の通告は、議会の数日前に開催される議会運営委員会の終了後から、本会議開会の翌日正午までとなっているが、本日の午前中には7名の通告が提出されており、「大鹿さん、まだ出さないの」と急かせる声と同時に、質問内容が重複する場合は早い者勝ちとの見方もありますが、人は人であり、「もう、その質問は出ていますよ」との声を無視して、自分の質問に徹していきたいと考えています。

 確かに自分の質問しようとする内容を、先に誰かが質問してしまえば、質問の意味がないようにも思えがちではあるが、限られた質問時間を考えると、人が質問して答弁が出されておれば改めて聞く必要もなく、その先の質問に入れる事から、先の質問への答弁内容を聞いて不足する質問ができるのでもある。

 もっとも、私が何も質問できないくらいに広範囲の質問を全て出されてしまうと、なすすべはなしの可能性は否定できませんが、自分が質問に立つ登壇時間が予測できるメリットもあり、メタボリックで心臓マヒや脳卒中の危険回避には最終ランナーが一番でもあろう。

 さて、事件を犯して警察に身柄を拘束されていた知人の息子さんが、弁護士の奮闘によって起訴猶予となり、相手は絶対に示談に応じず裁判も降りないと言っていたが、不起訴となり自宅に戻されてきた。罪は消す事はできないが、地域住民を罪人として生活そのものまで追い込む必要もない。

 地域住民を相手に利益をあげている企業が、いくら被害者になったとは言っても全く示談のテーブルにもつかない対応には、相手企業が自社の利益のみで地域住民の生活は何も考えていない裏返しで、地元だけに罪は罪として司法の判断と弁護士に任せたが、私はこの企業には過去から不買運動を続けている。

 罪を憎んで人を憎まずの言葉がある。かつてPTA役員を務めた際、今回の被害者となった企業の警察への通報によって、子供の更生する機会すらなくなる対応に遭遇した。一度犯した罪は償う必要があるが、反省してやり直す機会まで奪う事は、それこそ犯罪と私は思っている。

 小さな子供が公然と人前でパトカーに乗せられて警察に連れていかれ、保護者が勤めている事から(代わりに学校関係者が身柄を引き取りに走ったが断られ)夜まで警察から帰してもらえず、挙句に事件そのものが地域に知れわたった事があった。私の考えでは当時の事件に立ち会った大人に教育的配慮があれば、事件ともならなかったと思い、未だに不買運動(一人では些細だが)を続けているのでもある。

 今回の事件は立派な大人の犯した事件であり、被害者側を批判するのは的外れではあるが、十数年経過した今でも企業体質は何ら変わっておらず、売り場が罪人をつくり続けている反省と改善は重要と思われる。
                             9月2日の一言
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