どうやら息子の進路先が決まったようで、親としては一安心であるが、いくら大学の監督の訪問を受けて決めたとは言え、学費の支払いは親任せとなる事から、大学の監督だけでなく、高校の監督の応対にも一抹の疑問が残る。
「そんな事は子供の事だから知らなくても良いでしょう」との家内の言葉も、息子の希望が優先する事は当然だが、子供が決めたらそのままになるとは限らず、通学ではなく寮生活となる事から、学費と生活費の問題ばかりか、大学生活と生活環境ぐらいは親として確認しておきたいのは当然ではないだろうか。
このあたりは同じ高校の指導者でも、長男を指導した陸上部の監督と大学の監督は場数と経験の違いか、進路を決定する前に親の私に確認の連絡があり、大学卒業後の地元への進路を心配する私に「息子さんにとってのチャンスだからお願いします」とまで言われたのでもあった。
「時々は家に帰れるのか?」との親バカの質問に、「3年間は帰ってこれない」との息子の乱暴な言葉に、「それじゃー、勝手に見に行くしかないのか」、「バカじゃないか」と、息子とのやりとりもそろそろ親離れを実感させられる一日となった。
さて、先週末の大会の模様を撮影した私の写真に対して、息子から「お父さんの写真は下手だッ」との手厳しい一言があった。小学校時代にオモチャのカメラで撮影をはじめ、高校や大学時代には暗室作業までこなし、写真が入賞した経験もある私にとっては、言われた事のない言葉でもあった。
大きなスタンドで全く同じような数百人の中から、息子とは言え高速で走る自転車を見つけ出して撮影する事は至難の業であり、その息子が大きく写っている事に満足していたが、写された本人にとって感動のない写真では意味もなく、「写っている」だけのものではなかったか。
「プロには本塁打はいらない」と、常に二塁打か三塁打で良いから三振(ピンボケや撮れなかった)のない撮影を、写真撮影の極意としてランカ堂写真の故・高橋来一さんから聞いた事がある。息子の手厳しい一言に「あそこからでは撮れないよ」との家内の言葉は救いにはならず、本塁打を狙った撮影でなければ人々を感動させられない事を実感させられた。
私のプロヒィ-ルの趣味欄には写真と旅行と記されている。ただし、写真も旅行も経験からセミプロのようになるかわりに、アマチュアの輝きが失せてきているのである。写真も三振はないがホームランもない。旅行も企画や手配はプロにも負けない自負はあるが、自身の感動と新鮮さが不足する。
写真も旅行も自己満足ではなく、一緒の人々を意識して三振はないかわりにホームランを失っている現実を、息子からの手厳しいが、息子でなければ言えない一言から気づかされた。これは趣味だけでなく、私の人生そのものへの一言でもあろう。
9月5日の一言
「そんな事は子供の事だから知らなくても良いでしょう」との家内の言葉も、息子の希望が優先する事は当然だが、子供が決めたらそのままになるとは限らず、通学ではなく寮生活となる事から、学費と生活費の問題ばかりか、大学生活と生活環境ぐらいは親として確認しておきたいのは当然ではないだろうか。
このあたりは同じ高校の指導者でも、長男を指導した陸上部の監督と大学の監督は場数と経験の違いか、進路を決定する前に親の私に確認の連絡があり、大学卒業後の地元への進路を心配する私に「息子さんにとってのチャンスだからお願いします」とまで言われたのでもあった。
「時々は家に帰れるのか?」との親バカの質問に、「3年間は帰ってこれない」との息子の乱暴な言葉に、「それじゃー、勝手に見に行くしかないのか」、「バカじゃないか」と、息子とのやりとりもそろそろ親離れを実感させられる一日となった。
さて、先週末の大会の模様を撮影した私の写真に対して、息子から「お父さんの写真は下手だッ」との手厳しい一言があった。小学校時代にオモチャのカメラで撮影をはじめ、高校や大学時代には暗室作業までこなし、写真が入賞した経験もある私にとっては、言われた事のない言葉でもあった。
大きなスタンドで全く同じような数百人の中から、息子とは言え高速で走る自転車を見つけ出して撮影する事は至難の業であり、その息子が大きく写っている事に満足していたが、写された本人にとって感動のない写真では意味もなく、「写っている」だけのものではなかったか。
「プロには本塁打はいらない」と、常に二塁打か三塁打で良いから三振(ピンボケや撮れなかった)のない撮影を、写真撮影の極意としてランカ堂写真の故・高橋来一さんから聞いた事がある。息子の手厳しい一言に「あそこからでは撮れないよ」との家内の言葉は救いにはならず、本塁打を狙った撮影でなければ人々を感動させられない事を実感させられた。
私のプロヒィ-ルの趣味欄には写真と旅行と記されている。ただし、写真も旅行も経験からセミプロのようになるかわりに、アマチュアの輝きが失せてきているのである。写真も三振はないがホームランもない。旅行も企画や手配はプロにも負けない自負はあるが、自身の感動と新鮮さが不足する。
写真も旅行も自己満足ではなく、一緒の人々を意識して三振はないかわりにホームランを失っている現実を、息子からの手厳しいが、息子でなければ言えない一言から気づかされた。これは趣味だけでなく、私の人生そのものへの一言でもあろう。
9月5日の一言








