病院の医師不足は各地で問題となり、東京や大阪の受け入れ拒否が大きく報道されたが、一年前に札幌で未熟児が7病院に拒否され、1時間半の搬送後に死亡していたことが報じられてきた。
医師不足が叫ばれ、医師がいなければ病院も受け入れができない事は当然の事であるが、我が身を当事者に置き換えてみれば、過ぎ行く時間の中で必死で子供の救命を祈り、対応した救急車の隊員の一挙手や会話に耳をすませ、必死の願いの中で我が子の死を見取ったと思われる。
医師の過重労働の実態や、徹夜で勤務を続ける医師に対して、感情的な思いでの発言はしづらいが、専門外の医師であっても良いから必死での救命活動をして欲しいと思う。
ただし、札幌の場合には、かかりつけ医では手がおえぬ症状から、搬入先を探したものの、1時間半後に新生児集中治療室のない病院に搬入されて死亡している。
人の生命には運もあり、倒れた場所が偶然にも病院の真ん前であったり、医師が居合わせた事から、本来なら亡くなったと思われる命が救われる例も多い半面で、まったく人のいない場所で倒れて手遅れとなる不運な人も存在する。
さて、本日は議会開会日のために、町内の葬儀に参列できなかったが、この葬儀の連絡のために隣家に出向いた遺族が、植木の剪定中に足を切り、血の海の中に倒れていた隣人を見つけ、救急車で運ばれて一命が救われたとの話が伝わってきた。
亡くなった人に救われたとの話であるが、これだけ通信機器が発達した社会にあっても、突然の事故や病気では第三者の力を借りなければ、自分の命も救われない事を実感し、周りの人々や知人との関係を大切にしておきたいと思った次第でもある。
12月2日の一言
医師不足が叫ばれ、医師がいなければ病院も受け入れができない事は当然の事であるが、我が身を当事者に置き換えてみれば、過ぎ行く時間の中で必死で子供の救命を祈り、対応した救急車の隊員の一挙手や会話に耳をすませ、必死の願いの中で我が子の死を見取ったと思われる。
医師の過重労働の実態や、徹夜で勤務を続ける医師に対して、感情的な思いでの発言はしづらいが、専門外の医師であっても良いから必死での救命活動をして欲しいと思う。
ただし、札幌の場合には、かかりつけ医では手がおえぬ症状から、搬入先を探したものの、1時間半後に新生児集中治療室のない病院に搬入されて死亡している。
人の生命には運もあり、倒れた場所が偶然にも病院の真ん前であったり、医師が居合わせた事から、本来なら亡くなったと思われる命が救われる例も多い半面で、まったく人のいない場所で倒れて手遅れとなる不運な人も存在する。
さて、本日は議会開会日のために、町内の葬儀に参列できなかったが、この葬儀の連絡のために隣家に出向いた遺族が、植木の剪定中に足を切り、血の海の中に倒れていた隣人を見つけ、救急車で運ばれて一命が救われたとの話が伝わってきた。
亡くなった人に救われたとの話であるが、これだけ通信機器が発達した社会にあっても、突然の事故や病気では第三者の力を借りなければ、自分の命も救われない事を実感し、周りの人々や知人との関係を大切にしておきたいと思った次第でもある。
12月2日の一言








