今月の18日がくると、私は55才になります。「あッ、そうか!それで一八なんだッ」なんて、今頃言わないで下さい。そんな年齢からか、日曜日の息子の観戦と、徹夜のような議会準備の疲れが、本日になっても取れません。
 いや、実のところは、その前日に、我家に泊まった息子の後輩と息子を連れて、家族で出かけた夕食が、そもそもの原因かもしれません。

 出かけた先がバイキングのレストランで、初めて出かけた店でしたが、一人2000円近い値段で、90分食べ放題とのシステムに、「もとは取らないと…」と、食べなきゃ損とばかりに次々と寿司や焼肉を食べ、満腹の上に好物のプリンを4個も平らげ、店を出る時には腹が痛く、主役である息子達が試合を控えて自重しているのに反して、私は何十年ぶりの食欲を発揮してしまいました。

 このツケは大きく、翌日も、昨日に続き本日になっても胃に違和感を残しており、当分は食事も自重して体調管理に徹しないと風邪と隣り合わせのような日々が続きそうな気配です。

 こんなところに田舎物で貧乏人の根性が出て、せっかくの食事を「餌」のようにしてしまいました。こんな日に限って知人から頂いた饅頭の期限切れが近づき、期限切れ間近では人に差し上げる事もできず、食べるのも苦痛で、昨晩に眠ってしまい残されたままの私のオカズが夕方まで残されています。当分は胃が黄色信号です。

 さて、議会も一般質問が終り、明日からは常任委員会へと舞台が変わります。一年の経過の早さに驚いていましたが、師走に入ったばかりと思っていると、今週末には半月が経過し、来週の日程を消化すると慌ただしい年末となり、今年こそは10年ぶりに年賀状をと思ってみても、書き込む余裕すらなく、毛筆で一枚一枚書いていた過去が懐かしい昔話になってしまいました。

 本日の朝刊に、日本で最後の『雪駄』職人となった、津島市の故木村輝夫さんの遺作展が開催されていると報じられ、亡くなってからも偉業が称えられる大先輩と、共通の恩師であった長谷川丈夫先生を偲びながら、本日夜の書道会に筆を走らせながら、「わしもそろそろ卒業か…」との恩師の一言に、必死に否定し続けるのは私だけではなかった。
                                   12月9日の一言