議会中ではあるが、久々に空白の2日間となり、のんびりしたかったものの、やりのこした事も多く、家内が休みをとってまで出向いた市役所への税金の支払いに同行した。税金をため込んでいるのも問題かもしれないが、支払い金額の多さにはうんざりさせられる。

 決められた課税とは言うものの、どうやって考えても取れる者から取る仕組みとしか思えず、先祖が細々と苦労して残した資産への課税についても、数百年前から先祖代々住んできた土地を削られ、その県道沿いを理由に固定資産税が町内で一番高くなっている事にも不満は募る。

 そもそも我家は、村落の北の端に位置し、裏を田畑に囲まれていたが、私の小学生時代に我家の田畑や裏庭を削って県道(名古屋津島線)が通り、家の裏側が道路から丸見えになり、玄関を北側に替えて家を建て直し、その後の歩道拡幅で更に垣根が削られて現在に至っている。

 見方を変えれば、家のまん前にバス停があり、我家の敷地から直接バスに乗降でき、商売をやるには一等地ともとれるが、我家にとっては先祖伝来の家であり、バスを利用するものは一人もなく、商売をしているわけでもなく、何度となく我家のネコ達が車の犠牲になっているのである。

 公共の利益のために、何度となく土地が削られた挙句、主要道沿いのために土地の価格が勝手に上昇し、その課税価格も年々高くなり、税金だけで借地に住んでいるのと変わらぬ現状から、固定資産税と国民健康保険税だけで月に10万円程度の負担は、我が子に引き継げない負の遺産ともなっている。

 年金や後期高齢者の医療保険に対する国民の不満は大きいが、8人家族の中で三男と私だけ2人分の国民健康保険税が最高限度額というのは明らかに不公平で、母親の後期高齢者分と5人が支払うそれぞれの社会保険料を考えると、支払うために仕事をしているような錯覚に襲われる。

 一方で、市民の税金で建てた市営住宅の家賃を100万円も滞納している輩が存在し、子供の保育園の保育料を支払わない保護者が野放しにされており、生活保護の申請が認められないと裁判で訴える市民も存在し、その裁判に支払う津島市の弁護士費用が70万円と聞かされると、納税者として怒りさえ覚えるのである。

 我家も子供の頃は水道代は井戸水のために無料であったが、水道代は今後高くなるばかりで、2年後からは下水道代金も加算されるようになる。「井戸を掘ろう」と閃いたが、行政の許可をとって安全な水を確保する事は至難の業でもあった。

 先月訪れた岐阜県丹生川村(現高山市)の知人宅では、全ての蛇口から無料の自然水が無造作に流され続けてあり、口に含むと我家の水道とは比べ様もない絶品であった。四国でも四国88ヶ所の霊場茶が販売されているが、何でも金と引き換えとなる社会に矛盾は隠せない。
                                12月15日の一言