久々の訃報である。平成13年から四国八十八ヵ所を巡拝し、その勢いにのって西国33観音、坂東33観音、秩父34観音の日本百観音を達成し、三年前には再度の四国巡拝(逆打ち)を一緒した人で、今年夏に亡くなった人に続いて3人目の訃報(四国のみは他に1人)である。
四国88ヶ所と百観音を一緒に達成したメンバーは17人おり、その中で3人の方が亡くなられた事になるが、一緒に寝食を共にして巡拝した仲間の訃報は悲しさとともに淋しさも実感する。
もっとも、私は6回の巡拝で50人ほどの人と巡拝しており、亡くなられた人も大正生まれである事から、むしろ長寿に感謝してあやかりたい葬儀と思うべきかもしれないが、元気な姿を見ていただけに残念で仕方がないとの思いが強い。
さて、議員にとって、(私にとって)選挙の際の大きな支えは60才を越えた人々が大半で、10年前に頑張って走っていただいた方々の多くが亡くなられており、それらの人々に代わる人々の支持を拡大させない事には、議員活動は続いていかないのである。
現実面として若い人々との接点も多いが、若い人が議員を訪問する理由は、行政に対する不満や、自分の生活を護るための自己主張によるものが多く、人として付き合っていく上では歓迎できないものも多く、明らかに議員を利用するために近づいたとしか思えないものも存在する。
そういった意味では、自分の利害に関係なく応援いただける定年を終えた高齢者の支持が、我々議員の活動を支えており、そういった人々の訃報は、より淋しさを実感する事が多いのは当然でもある。
四国遍路に大きく片足を突っ込んでいる事から、仲間の訃報を聞いた際に、「いい時に連れていってもらった」との一言をもらう事が多い。
「ちょっと待って下さいよ」
私は皆さんを安らかに冥土へ送るために四国に行っているのではありませんよ。「四国に行けば元気になれるでしょう」と叫んでも、所詮は年齢をさかのぼって若くなる事は不可能である。
「じゃー、何のために四国へ?」
12月16日の一言
四国88ヶ所と百観音を一緒に達成したメンバーは17人おり、その中で3人の方が亡くなられた事になるが、一緒に寝食を共にして巡拝した仲間の訃報は悲しさとともに淋しさも実感する。
もっとも、私は6回の巡拝で50人ほどの人と巡拝しており、亡くなられた人も大正生まれである事から、むしろ長寿に感謝してあやかりたい葬儀と思うべきかもしれないが、元気な姿を見ていただけに残念で仕方がないとの思いが強い。
さて、議員にとって、(私にとって)選挙の際の大きな支えは60才を越えた人々が大半で、10年前に頑張って走っていただいた方々の多くが亡くなられており、それらの人々に代わる人々の支持を拡大させない事には、議員活動は続いていかないのである。
現実面として若い人々との接点も多いが、若い人が議員を訪問する理由は、行政に対する不満や、自分の生活を護るための自己主張によるものが多く、人として付き合っていく上では歓迎できないものも多く、明らかに議員を利用するために近づいたとしか思えないものも存在する。
そういった意味では、自分の利害に関係なく応援いただける定年を終えた高齢者の支持が、我々議員の活動を支えており、そういった人々の訃報は、より淋しさを実感する事が多いのは当然でもある。
四国遍路に大きく片足を突っ込んでいる事から、仲間の訃報を聞いた際に、「いい時に連れていってもらった」との一言をもらう事が多い。
「ちょっと待って下さいよ」
私は皆さんを安らかに冥土へ送るために四国に行っているのではありませんよ。「四国に行けば元気になれるでしょう」と叫んでも、所詮は年齢をさかのぼって若くなる事は不可能である。
「じゃー、何のために四国へ?」
12月16日の一言








