本日の仕事は四国や百観音を同行したOさんの葬儀参列となってしまいました。葬儀は自宅ではなく、セレモニーホールで開かれ、一緒に遍路道を同行した仲間もかけつけ、私は持参した納め札をそれぞれに渡し、それぞれが記名して棺桶に花と一緒に入れました。

 私は四国遍路に持参する数珠と、四国霊場会からいただいた輪袈裟をかけ、真言宗の経本を持って参列しましたが、本日の葬儀は浄土真宗の葬儀で執り行われたものの、Oさんの長男はキリスト教の信者のため、葬儀には参列せず控室で待機し、嫁いだ娘さんのご主人を喪主とする最後の別れとしては首をひねる葬儀でもありました。

 そもそも、亡くなったOさんは一人暮らしで、子供達は外に出ているため、数日前に脳梗塞で自宅で倒れたものの、近所の人が発見するまでかなりの時間が経過した事から、意識不明の状態で病院に搬入されており、発見が早ければ命が助かるどころか、社会復帰も可能だったと思うと複雑な思いが残される。

 一方で、Oさんの家の宗派は浄土真宗で、先立たれた奥様も仏壇に奉られており、葬儀会場の隣室まで来ていても、葬儀に参列しないキリスト教の長男は、親の供養どころか、残された家や仏壇をどのようにしていくのだろうかと、参列した知人の心配の一言が聞こえてきた。

 それにしても親の葬儀に参列せずに隣室で待機するとは、よほど熱心にキリスト教を信心してみえるのであろうが、それなら長男としてキリスト教でも可能な葬儀にされればとも思うが、真言宗は他宗派に対して寛容で、総本山の高野山には我家の宗祖である浄土宗の法然上人の墓もある事から、八百万の神々が混在する日本と、宗教の違いが戦争ともなる外国との宗教観の違いも実感させられた。

 家内の話では、子供達の宗教がそれぞれに違う事から、「私が死んだらどうなるのでしょうかね」と、本人も本日の顛末を予測した一言を残されていたようであるが、戦争で生き残り、一生懸命に働いて子供達を育てられたものの、最後は一人ぼっちの生活を我々はどのように受け止めれば良いのか。

 口うるさい親との同居が嫌な事は当り前であろうが、同居する親も死するまで子供や孫の心配をし続ける事を考えると、別れた方が簡単だが、そこはプラスとマイナスを打算的に計算し、経済的にも合理的な同居を考える必要があり、不景気だけに経済効率の良い親子同居を推進する国策も重要に思われてくる。
                                     12月17日の一言