「お父さん、行って来るからねッ」の言葉に、「まてッ、俺も行く」と慌てて起きて家内の車に同乗し、「忘れ物だッ」と引き返しながら娘に連絡すると、「なにー、お父さんも付いてくるのー」との言葉が返ってきた。

 本日は娘の結婚式の衣装選びに同行して、私が写真を撮る事になっており、私の都合を聞いて日程を決めたはずなのに、知らぬ間に私を不必要とする予定となっており、写真撮影は後日の話となっている事を知らず、約束を反故にすれば一大事と遍路の疲れを残した体で早朝より出かけたのであったが…

 それにしても私の時代とは違って、何でも良い時代から、多種多様の中から選択する結婚式となっており、衣装選びにも時間がかかり、座っていると疲れからつい不機嫌な顔となるのを自覚するのも、会場の四方がガラス張りになっているからでもあった。

 「お父さんのモーニングはどうするのッ?」
 「いやッ、オレは着ないから」
 「何を言ってるの」
 「そんな事まで決められるのは嫌いだ」
 「それが普通なの」
 「燕尾服なんか嫌いだ」
 「〇△の義兄さんも着ていたから」
 「とにかく、オレは嫌だ」「モーッ」「嫌だ、絶対嫌」「…」 以上は家内との会話

 「お父さん、恥ずかしいから普通にモーニング着てよッ」との娘の一言で、普段着る事のないモーニングを着る事になり、着たくもない燕尾服を借りる事となったが、嫌でしようがない衣装だけに、「どれになさいますか」との問いかけに、「とにかく一番安いやつで良い」の一言となりました。

 「ロイドメガネに燕尾服」は、鶴田浩二さんの街のサンドイッチマンの歌詞であるが、何故に父親が嫌な衣装を着て、娘のためとは言え来客をもてなすビエロ役にならなければならないのか疑問である。
 そもそも、高額な結婚式場にも反対だが、私の感覚では白馬の教会か上高地の河童橋での挙式を夢みていただけに、世間の常識を当てはめられる事が嫌でしようがない。

 昨日高野山の鶴田浩二さんの墓の前にいたが、鶴田さんの長女の回顧録に、「お父さんの言う事を聞かなかったからだ…」と、自らの結婚を反省するような一文があり、父親至上主義の小野(鶴田)家でも結婚を巡り父親は置き去りとされた例を思い出した。

 自分らしさにこだわりたいが、世間常識に反する気持もなく、自然体でありたいが、家内や娘たちからは私の理想や存在感は無視された格好に、内輪もめする気もないものの、普通と言われ燕尾服で来客に酒を注いで廻れとの家内の一言に癇癪の一日となりました。
                            12月21日の一言