昨年からの不況は新年になっても続き、職を失い住む場所のないホームレスの無料宿泊所が満杯になり、「これ以上は限界」という名古屋市に対して、支援団体は年末年始に受け入れた施設の再開放を要請しているとの報道があった。

 一方では、職を失った人を対象とした愛知県の公営住宅57戸の抽選会に215人が殺到したとの報道もあるが、この中でもトヨタ自動車の本社に近い県営保見住宅28戸に134人が応募し、このうちの119人は外国人だったと聞くと考えさせられてしまう。

 職を失い、行き場のない無料宿泊所に集まった人々へ批判的な発言をして問題とされた国会議員も存在したが、不況から首切りとなった人々には同情もしたいが、そもそも行き場のない事自体には、それまでの環境に問題はなかったかとの検証も重要である。

 2ヶ月ほど前の話だが、「仕事をクビになった人へ仕事先を紹介して」との電話が入り、詳しく聞くと日系ブラジル人との話しに、「私の息子も現在失業中です」と話して断ったが、日本人でも仕事がないのに日系人の世話をする人もあり、派遣社員などと一くぐりの言葉の中身にも説明が必要と思う。

 さて、名古屋市内でもブルーシートの小屋に住むホームレスが存在するが、新聞に報道されてくる住処のないホームレスはいったいどんな環境の人たちなのか。新聞報道でも、失業して他市から名古屋に来て休職中の人も名古屋市が対応しているが、厳しい時こそ名古屋市に籍を置く市民が優先されるべきで、果たしてそうなっているか。

 我家にも休職中の息子がおり、私を頼って居候を決め込む知人(元従業員)は仕事こそ行っているものの、低賃金から我家の居候のままに春を迎えそうな暗い雰囲気が漂うが、市役所に籍を置き、税金や年金、健康保険などを正しく納めている人と、住所不定で公的負担をしていない人との区別は重要である。

 不況のドサクサから、求職どころか住居まで求める人々の存在と、あたかも当り前に対応を求められる行政から、派遣社員や契約社員の解雇は必然としても、行き場が定まらぬままに住居まで退去させる企業の社会的責任を問う事も重要で、このあたりの採点を購買時にも生かしたい。
                                 1月15日の一言