本日は横井庄一記念館の当番であったが、学童保育の研究集会が名古屋で開催されたため、午後は記念館を抜け出して参加し、閉館間際に滑り込んだものの、留守にしていた事から記念館の将来像についての会話が遅くまで続く事となりました。

 館長は昭和2年生まれで80歳になっており、万が一の話は「私はまだ大丈夫ですよ」と、縁起でもないような話となりますが、元気な時だから話せる話でもあり、病に倒れてからは話題にできない事から、開館3年目の今年にとって避けられぬ話題でもあります。

 ところで、記念館は名古屋高速道路の千音寺ICから500メートルの距離にある事から、雑用で出かける際には目的地まであっと言う間に到着し、昭和47年に横井庄一が発見され、この地に自宅を建造した時にはこんな便利な土地になるとは想像もできなかった事から、せめて50年くらい先までは残せるようにしたいというのが私の持論ですが、肉親の私の死後は誰がどうやって存続させるんでしょうか。

 さて、本日の学童保育の研究集会は、午後の分科会で「大規模学童保育の適正規模化」に参加し、行政の目安とする学童保育の規模を超えた団体の問題点を豊橋市と津島市の事例報告から協議したが、他市の実例と同時に、名古屋市から参加された人の話から大きなヒントをいただいたように思った。

 今から8年程前の話になるが、学校開放の先進的取り組みから金沢市を訪れたところ、金沢市の学校開放については名古屋市を参考に計画が立てられており、「こんな遠くまで来なくても名古屋市の方が参考になる」と言われた事がありました。

 そして、「大都市の名古屋市がやっている事から、金沢市は簡単にできると思った」との言葉から、「小回りのきく津島市なら何でも理想的な施策が実現可能」と言われて、納得して帰った事があり、本日も報告者ではない名古屋市の事例を聞き、意外な光明を感じさせられたのは私だけではないと思われる。

 この学童保育についても、私自身は(鶴田浩二ファンですから、人よりも頑固で古臭く)母親は仕事より家事と、4人の子供は学童保育とは全く無縁であったが、我家から巣立っていった娘などは、アパートで共稼ぎでも苦しい台所である事と、我が家も昨年から家内が働きに出ている事で、「オレに任せなさい」とも言えない現実に直面しています。

 さて、今年からは法人税も請求され、新たな仕事も依頼が増え、新たな展開を求められているNPO法人「ひとまち生活ネット津島」の定款には、福祉の増進や街づくりと並んで、地域安全活動と子どもの健全育成を図る活動が目的に記されている。

NPO法人の定款⇒ http://www.kuronowish.com/~oshika18/newpage16.htm

 高齢者や障害を持った人の依頼にも十分に応えられない現状だが、時間に余裕ができた世代に訴えて、まもなく『おじいさん』の立場から役に立てる可能性は高く、議員として聞かされてきた立場に惑わされて、我が身と感じていなかった事への反省と、役所なんかあてにせず「任せなさい」と言える可能性もある事を名古屋市の事例から閃きました。ちょっと記念館にも元気(苦しいですが…)をもらう一日となりました。
                                  2月22日の一言