本日は愛知県内の公立小学校の入学式が催され、来賓として出席させていただきましたが、息子達が大きく成長した我家との違和感が強く、小さな新入生を前に来賓として紹介されても、普段はお喋りの口が緊張からたどたどしくなります。

 30才になった長男が独身のため、長女の結婚によってお祖父さんの仲間入りが近づきましたが、学生結婚だった私を当てはめてみると、既に小学生の孫が居てもおかしくない年齢となっていますが、我家には子供が居ない事から、「おめでとう」の一言が懐かしく思われました。

 本日は正午から母校である神守中学校で長く教鞭を執られ、同窓会の物故者法要では僧侶としてお世話になってきた恩師(満90才)の葬儀が行なわれ、私達の大先輩達の恩師である事から、地域の重鎮となられた先輩達が多く集まられて別れを惜しみました。

 私は同窓会長として毎年物故者法要をお願いに走り、直接の教え子ではないものの、恩師の教員生活の中でも一際思い入れの強い学校だった事から、教え子のように接していただき、訃報を聞いて駆けつけた時も当り前のように枕元まで案内され、恩師の語られた法話を昨日の事のように回顧してみた。

 私にとっては足元にも近寄りがたい先輩達であるが、本日は中学生の悪ガキに戻ったような会話が交わされ、70前後となられた教え子達が少女のような涙で見送られ、同じ母校を卒業した先輩達ばかりであるが、会長という職にある事からこんな素晴らしい先輩達と一緒に恩師を送らせていただいた事に感謝したい気持ちでもあった。

 さて、葬儀が終わり、霊柩車を見送った後で、先輩会長と会話を交わしていると、恩師と同時期に勤務された恩師(女性)が立ち寄られ、「あんた見た事があるわね」と問われ、恩師は私を教え子と勘違いされており、毎年同窓会総会で顔を合わせている事からの勘違いとは思うが、同行した女性から大変な話を耳にする事となりました。

 恩師は昨晩の通夜に4時間半をかけて隣町から自転車でお寺を探したものの見当たらず、本日も自転車で2時間以上の時間がかかったとの話です。「そうなのよ、今日も10回位転んでねッ」なんて言われると、そのまま別れる事もできず、私も自転車での参列のため送る事もできません。

 花屋さんや葬儀関係者にも断られ途方にくれていると、長年地元で消防団長を務められた先輩の姿が見えました。
 「〇神さん、お願いします」と突然のお願いに、「うん、良いよ」と事務所に戻って車を回していただき、恩師の自転車を積んで送る事ができました。

 「おい、最近は暇でいかんわッ」と、不景気が建設業界にも影響している話を帰りの車中で耳にしましたが、今時こんなに気さくに突然の依頼を引き受けていただける先輩は珍しく、私のような後輩にも同じ視線で語ってもらえる幸せに感動し、母校の発展はもとより、議員の立場では地域貢献も考える責任を気持ち良く感ずる一日となりました。

 亡くなられた恩師に感謝し、夏の物故者法要には恩師を偲んで、一人でも多くの会員に集まっていただく宿題と同時に、多くの先輩や恩師達とともに地域が構成されて社会が成り立っている心強さと温かさも実感する一日となりました。
              恩師に合掌
                                    4月6日の一言