
大阪舞洲で開催された第10回クリテリウムの実業団ER予選第1組に出場した三男は、前半にはトップで引っ張る試合展開に、「コムレイドの大鹿選手」とアナウンスもされ、13周までは10位以内の外側につける絶好の試合展開でしたが、最後の1周という時に姿がなく、もちろんゴールにも戻ってきません。
息子の話では、最終コーナーで膨らんだ左側の選手の転倒によって車輪をすくわれ、空中に吹っ飛ぶ落車となり、息子の上で数台の自転車が転倒したとの話で、左側の背中から肩、腕、肘、腰、膝を裂傷し、反対の右足ふくらはぎが痛くて立ち上がれません。
タンカの上で応急処置を受け、大阪の救急病院を聞いて走りましたが、地理不案内で場所が判らず「愛知県まで帰ろう」と痛がる息子に話し、「えっ、大丈夫?」と心配する病院関係者の声を無視して、2時間後には津島市民病院の救急外来に到着となりました。(21年選手の愛車も頑張れる事を実証しました)
現場で「救急車」の声もあったようですが、息子の意思で救急病院へ走る事となりましたが、時速50キロでの転倒ですので、私なら1ヶ月の入院加療となる事態でしょうが、毎日鍛えた身体ゆえに明日から通院となり、歩けないのでしばらくは松葉杖の生活です。
来週に予定されている群馬県の試合はもちろんですが、「これで今年はダメだ」の息子の言葉からダメージは過去最高のようで、試合前から絶好調(前日に頭も5厘刈りにしました)で表彰台を狙っていただけに、身体と車体にも大きなダメージとなる試合となりましたが、息子を転倒させた選手が最後まで付き添っていた事が息子にはよほど嬉しかったようです。
さて、絶好調のまま入賞して、来週の群馬県についていく私の予定も暗転し、明日からは学校まで車で付き添いとなり、家内は慌てて保険証と診察券を持って走ってくる事となりました。ただし、手前味噌ではなく、津島市民病院の対応は最高で、偶然にも診察した研修医が私や息子の「かかりつけ医」の息子さんで、「こんな親切な診察は初めて」と息子が話したが、こんな偶然も巡り合わせか…
昨晩から出向いて、本日は大阪の一日となる予定が、試合開始1時間半後には病院を目指す一日となり、「入賞したら京都に寄ってくれ」と、京都への寄り道を決め込んでいた私の思惑も一瞬の幻となりました。しかし、前記したように、市民病院の対応が余程良かったようで、医療専門学校に通う息子のためには貴重な体験と明日からの肥やしとなった事が幸いでもありました。
4月19日の一言








