例年であれば4月29日は20年前から『朝日旅行友の会』のバス旅行を企画してきたが、今年は何の予定も立てなかったので、個人的には5月3日から5日に開催される高野山の「春季結縁潅頂(しゅんきけちえんかんじょう)」に参加したいと考えている。

 最近では高野山に行くと必ず「ああ同期の桜」の慰霊碑と、「鶴田浩二」さんの墓参りを日程に入れているが、こんな話をすると「鶴田浩二は鎌倉じゃなかったの」と問われる事もある。これも私が「いつかは鎌倉のお墓にお参りしたい」と口癖にしていた事を知っている人の一言である。

 以前の一言に高野山のお墓については記した事があるので、下記を参考にしてもらいたいが、鶴田浩二さんのお墓は高野山と鎌倉の他にも東京にも存在するので、本日は私の復習を兼ねて記していきたい。
08年5月 http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/33376125.html
08年12月 http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/37760513.html

 鶴田浩二さんの没後10年を記念して出版された杉井輝応氏執筆の「鶴田浩二」の中には、高野山のページがあり、9月の第2日曜日の慰霊祭に鶴田さんが毎年参加していた事が記され、高野山と鶴田さんの縁について次のように記されている。

 高野山別格本山大圓院の住職、藤田光幢は鶴田浩二と同期の桜である。鶴田は、藤田真言宗大僧正から、生前の昭和47年12月22日に戒名を授かり、先に行った戦友と三途の川原で、いつでも話し合えることと夢みていた。

 さて、鶴田浩二さんについては、末娘の女優「鶴田さやか」さんも『父・鶴田浩二の影法師』を記しており、この中には「鶴田家の墓」と題して詳しく記されている。この中には、鶴田浩二さんの複雑な家庭環境が記され、東京都港区の四ノ橋にある鶴田浩二さんの実の父親の眠る「大島家」の墓と、実の母親の眠る東京都練馬区にある「小野家」の墓が記され、共に生前の鶴田浩二さんが世話をした事が記されるとともに、自分の代でこのあらゆる因縁を断ち切りたいと思っていたと記している。

 そして神奈川県の鎌倉霊園には、本人の生前からの希望もあって、鶴田浩二さん個人の独立した墓が建っている。さやかさんは、「父の墓のある鎌倉霊園は、生前より本人の強く希望する場所だった。美しいロケーションに恵まれ、心地よい深い緑に囲まれている」と十三回忌に記している。

 最後に最近流されている唄を添付して一言を終わらせたい。
                                4月28日の一言

同期の桜 http://www.youtube.com/watch?v=9xMpTN2aabk
       http://www.youtube.com/watch?v=qXt_7yJWZf4
戦友よ安らかに http://www.youtube.com/watch?v=sB19zr6GFWc

戦友の遺骨を抱いて http://www.youtube.com/watch?v=3ylrwdRwNyE

たんぽぽの花 http://www.youtube.com/watch?v=oDkh73AByHo

さすらひの灯り(昭和29年) http://www.youtube.com/watch?v=q7-vPFn7hO8