本日は3年ぶりに庭師さんが入り玄関前の庭が刈り込まれたが、家内は午前中に三男を乗せて明日ロードレースが開催される乗鞍スカイラインに出かけてしまい、私は予定していた仕事を休んで庭師さんの相手をする一日となりました。
「おい、明日行くから」
「えっ、行くって誰が?」
「〇〇さんと△△さんの2人」
「2人って言われても、明日は誰もいないよ」
「大丈夫だわー」
「大丈夫ッて言っても、天気は大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
前夜にかかってきた電話のやりとりだが、家内が午前中に出かける事と、私も午後には予定した仕事があり、「急に言われても」の言葉も、「もう、道具も積んでしまったから」との言葉に、断りたい本音も電話の主が昨年9月から春まで入院し、現在も1日おきにヘルパーの訪問を受け歩くのがやっとの人だけに、「行ける時に行かないと」の言葉に縁起も考えさせられてしまいました。
我家の庭師は20年ほど前から「小界(こさかい)園芸さん」に依頼しているが、最近は家内が勤めている事と、私自身は木を刈り込む事が嫌いなために、3年ぶりの仕事となりましたが、玄関の松がのび放題となっている事から、「今年の秋には」との思いで数日前に訪問しました。
前記したように、昨年から入院し、訪問時もヘルパーが付き添い、玄関まで歩くのがやっとの姿にびっくりでしたが、我家の庭が気になっていたらしく、一緒に来ていた仲間に声をかけてもらう約束をして帰った次第ですが、本日はろくに外出もしていない小界さんも見物ではありますが同行にびっくりです。
歩くのもやっとの病人の登場に、私も話し相手となっていましたが、名古屋の総合病院の病室が空きしだい肝臓の手術が予定されていると聞き、私が相手をしていないと庭でハサミを手にされる事から、午後からも話し相手の一日となりました。
もっとも、玄関の門柱の上を屋根のように横切るマキの枝の支柱が折れている事から、私自身も竹を持ち出したために小界さんもハシゴに登って庭師となってしまい、「仕事は厳禁」の病人だけに一仕事の後は慌てて休憩に入りました。
「出来る時にやっとかないと」の一言は、「もう二度と出来ないかも知れない」を予感させ、奥さんを亡くして43年との話から「あと、7年は生きないと」と話したが、子息も無く私と知り合った30年前から独り暮らし(現在78歳)のため次の目標は重要です。
「小界さん、四国遍路はどう?」、「行ってみたいけど行けるかな?」、「行ける、行ける」の会話となりましたが、健康になれば仕事を捨てられない人だけに、四国遍路はこれからの手術が無事成功するための暗示として話し続けました。
さて、明日は朝から横井庄一記念館に出かけてしまう事から、仕事厳禁の小界さんがハシゴから落ちても困りますので途中で様子を見にこないといけませんが、同行した〇〇さんも腰が悪く、時々腕や足がしびれるとの話から、これからは私の手伝いも必要になりそうとの予感がしました。
7月11日の一言
「おい、明日行くから」
「えっ、行くって誰が?」
「〇〇さんと△△さんの2人」
「2人って言われても、明日は誰もいないよ」
「大丈夫だわー」
「大丈夫ッて言っても、天気は大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
前夜にかかってきた電話のやりとりだが、家内が午前中に出かける事と、私も午後には予定した仕事があり、「急に言われても」の言葉も、「もう、道具も積んでしまったから」との言葉に、断りたい本音も電話の主が昨年9月から春まで入院し、現在も1日おきにヘルパーの訪問を受け歩くのがやっとの人だけに、「行ける時に行かないと」の言葉に縁起も考えさせられてしまいました。
我家の庭師は20年ほど前から「小界(こさかい)園芸さん」に依頼しているが、最近は家内が勤めている事と、私自身は木を刈り込む事が嫌いなために、3年ぶりの仕事となりましたが、玄関の松がのび放題となっている事から、「今年の秋には」との思いで数日前に訪問しました。
前記したように、昨年から入院し、訪問時もヘルパーが付き添い、玄関まで歩くのがやっとの姿にびっくりでしたが、我家の庭が気になっていたらしく、一緒に来ていた仲間に声をかけてもらう約束をして帰った次第ですが、本日はろくに外出もしていない小界さんも見物ではありますが同行にびっくりです。
歩くのもやっとの病人の登場に、私も話し相手となっていましたが、名古屋の総合病院の病室が空きしだい肝臓の手術が予定されていると聞き、私が相手をしていないと庭でハサミを手にされる事から、午後からも話し相手の一日となりました。
もっとも、玄関の門柱の上を屋根のように横切るマキの枝の支柱が折れている事から、私自身も竹を持ち出したために小界さんもハシゴに登って庭師となってしまい、「仕事は厳禁」の病人だけに一仕事の後は慌てて休憩に入りました。
「出来る時にやっとかないと」の一言は、「もう二度と出来ないかも知れない」を予感させ、奥さんを亡くして43年との話から「あと、7年は生きないと」と話したが、子息も無く私と知り合った30年前から独り暮らし(現在78歳)のため次の目標は重要です。
「小界さん、四国遍路はどう?」、「行ってみたいけど行けるかな?」、「行ける、行ける」の会話となりましたが、健康になれば仕事を捨てられない人だけに、四国遍路はこれからの手術が無事成功するための暗示として話し続けました。
さて、明日は朝から横井庄一記念館に出かけてしまう事から、仕事厳禁の小界さんがハシゴから落ちても困りますので途中で様子を見にこないといけませんが、同行した〇〇さんも腰が悪く、時々腕や足がしびれるとの話から、これからは私の手伝いも必要になりそうとの予感がしました。
7月11日の一言








