
大型免許を持ってはいるものの、最近はオートマチックのマイクロバスしか運転したことがなく、マイクロバスはワンボックスの延長のような運転でもさほど困らないが、さすがに大型バスはそんな運転は通用せず、4時間目には教習官から指導のしようがないほど注意を受ける事になりました。
「ブレーキを十分にかけてからクラッチ」
「はいッ」
「後輪の位置を基準にしてッ」
「はいッ」
「貨物を運ぶんじゃないよッ」
「はいッ」
「乗客は立っておられないよッ」
「はいッ」
新たな指導や注意を受けると、過去に指導を受けた記憶や安全確認が吹っ飛びます。大型貨物とは違い、乗客が立っていても安全に走行する事が二種免許に求められている事の自覚は正直な話ですが本日まで考えてもおらず、大型バスをコースからはみ出さずに走らせる事に精一杯の技量しかありません。
新たに普通車の免許を受験する学生や、タクシー運転手を目指す普通二種免許の教習を受ける人々は、お互いに声をかけあい相談できる仲間がありますが、大型二種(バス)の教習生は誰もなく、慰めあう人もない事から厳しい指導を受けると後々まで引きずります。
もっとも、厳しい教習官から厳しい指導を受けた方が身になりますが、比較する仲間のない孤独な教習は、普通二種の人々が笑顔で談笑している中に加わるものの、私の立場とは全く違う事から、参考にはならないばかりか、孤独な教習が続く明日以降が心配です。
さて、新たな免許に挑戦することは久しぶりなため、久々の緊張感を感じていましたが、本日の教習の中で、安全に人を運ぶ事の難しさを感ずると同時に、人を安全に運ぶための責任感が欠如していた自分に気づかされました。
仕事として(私は仕事ではありませんが…)人を運ぶ二種免許ですが、不況ゆえに多くの挑戦者があるものの、人を安全に運ぶ事の責任と自覚が不足していてはいまいか。多くの人を乗せるバスゆえに感じた人を乗せる責任だったが、責任よりも技量不足ではゴールは程遠いし、9月議会の足音が差し迫ってきました。
8月17日の一言








