昨晩から娘が赤ん坊を連れて帰ってきましたので、我家には久しぶり(18年ぶり)となる泣き声が響きますが、早朝より自転車の練習に出向く三男や、隣の部屋で眠る事になる次男には泣き声がうるさく、私は台所で眠る(普段も台所で眠ってしまいますが…)ことを強要されました。

 本日は土曜日にも関わらず、福祉タクシーへの事業資金を提供してもらう予定の政策金融公庫の担当者と打ち合わせとなり、「とにかく、二種免許を取得したら早急に連絡下さい」と言われ、初めて私の免許取得を待ってくれる人ができた事から、勇んで自動車学校へと車を走らせました。

 ただし、この打ち合わせに名古屋まで送ってくれる約束となっていた家内から、「1人で行ってくれると助かるんだけど…」の一言があり、「1人で行けば良いのに」の娘の一言で、私は孤独に資金繰りの相談から自動車学校に走る事となり、娘の里帰りのとんだとばっちりとも思わされましたが…

 さて、二種免許でも普通二種(タクシー)の人々は早々に卒業していき、本日も私と同時期に入校した2人が卒業試験に合格して笑顔の別れとなりましたが、大型二種(バス)に挑戦中の若者と初めて遭遇し、会話を交わすと私の家とも近く、津島市民で母校の後輩と判り、しばしの会話でしたが孤独な教習が少しは明るくなりました。

 大変なストレスとなっていた教習も2日前から路上教習に入っており、本日以後に3回の路上教習(シュミレーター運転や応急救護実習は別にあります)を終えると卒業の見極めを受ける事となりますが、こんな中年から老年を迎える私ですが、若者のような心境になれた事は良き経験になったのかも知れません。

 一方で、今まで無関心であった路線バスの運転手さんの苦労も少しは理解できた事と、2日前の夜に開催された「公共交通問題勉強会」で報告された、京都市営交通バスの民営化によって運転手さんの賃金が低くなる一方で、事故や乗客からの苦情が増えたとの話の一端を垣間見たような気がしました。

 私の大型バスでの路上教習は、名古屋駅の西に位置する中村区の道路が利用されていますが、この区間には私鉄の名鉄バスと名古屋市営バスが走っています。
 たった2時間の教習で遭遇した路線バスはわずかではありましたが、我れ関せずの名鉄バスの運転とは違い、名古屋市営交通のバス運転手さんからは、複数回にわたって「バス運転手の卵」のために道を譲ってくれたり、待機して待ってくれたりしていたのでした。

 これは一部の運転手さんの事例かもしれませんが、たった2時間の教習でも数台の市営交通のバスから配慮を受けた事から、これは間違いなく民間と公営の意識の違いであり、今まで当たり前と思っていた名鉄バスの運転との違いがあるのかも知れません。

 ところで、私が通う大治自動車学校には、連日のようにタクシー運転手を目指す人々が入学して巣立って行きますが、本日言葉を交わした人は2日前に福井市から出てきたといい、福井では愛知県のように免許取得や住まいまで手配してくれるタクシー会社はないとの話に、当り前に思っている愛知県人との地域格差も実感させられました。
                                  8月22日の一言