本日は中学校の同窓会総会が開催されたものの、参加者が少なく会長の立場としてはいささか淋しいものがありましたが、少ないゆえに参加された恩師の先生方の近況報告が詳しく聞け、物故者法要も真剣に手を合わせる事となりました。

 本日の総会には私の恩師たちも毎年必ず顔を出されており、その関連から知り合いの教員も顔を出され、私がPTA会長を務めた当時の校長先生も毎年出席していただける事から、私は一年に一度の懐かしい恩師との再会の場とも思っています。

 ただし、同窓会役員の出席がほとんど見込めず、予め決まっている総会当日に、個人的な旅行に出かけてしまったり、出席の約束をしてあった知人の姿がなくても、会長として孤独に出席するのは精神的にも苦しく、一週間前には「インフルエンザにでもなって欠席したい」心境でもありした。

 本日は横井庄一記念館の当番日でもあり、総会後に到着したのは午後3時を廻っており、ちょうど記念館から帰られる人が京都から新幹線で来られた人であった事から、「バス停まで」が「名古屋駅まで」となって、豊臣秀吉の誕生した豊国神社や加藤清正公ゆかりの寺などを紹介しながら走りました。

 今月は2週間前に四国遍路中で欠席し、本日も遅れた登場に肩身が狭い私でしたが、私が不在の時には訪問客も多く、ボランティアのTさんは1人で案内が続き、昼食も満足な時間がとれない状態だったそうで、顔を出しただけの私はデザートとお茶を飲んで帰るだけの当番となりました。

 さて、来月には19日に横井庄一さんの十三回忌が執り行われますが、翌月には近所の新家の伯父さんの十三回忌があり、11月には私の叔母の十三回忌が行なわれます。
 偶然ではありますが、3人は毎月連続で亡くなり、新家の伯父さんと叔母は名古屋のガンセンターで一緒に入院して、続けて亡くなっていったのでした。

 お互いの幼少期を知る3人は偶然にも1ヶ月ごとにあの世に旅立っていったのも、あながち偶然とも思えず、私だけは三軒とも連続で葬式に出るとともに、横井庄一さんを知る親族は一度に全員が亡くなっていってしまったのも横井さんの道連れのようでもありました。

 明日からは自動車学校の卒業を目指しながらも、議会や公的会議が連続する事から、忙しい日々が連続していく中で、忙しいながらもささやかな一日となりました。
                                   8月23日の一言