本日は5月から7月にかけて研修を受けたホームヘルパー2級の修了式がアイプラザ(勤労福祉会館)津島で行なわれ、修了証書を受けた後に簡単な実情報告とテータイムがあり、参加者全員で場所を移して近くの木曽路で昼食の後に散会した。

 受講前の説明会には失業した熟年男性も多く、労働条件や賃金を質問したことからびっくりさせられたが、受講は大多数が女性で、最後まで残った男性は若者が多く、資格を生かして施設や福祉関係の仕事に就いたり、新たな展開を夢みている様子が伝わってきた。

 実際には女性の決断力は抜群に早く、一緒に机を並べていたのに既に仕事を決め、資格を生かしている姿には男性より女性の生活力も感じ、勉強のためとはいえ学んだ知識に感心している自分の甘さも実感すると同時に、これだけヘルパーが養成されても障がい者の生活を援助するヘルパーが不足している現実にも矛盾を感じさせられた。

 さて、四国八十八ヶ所霊場の公認先達になって3回目の巡拝が昨日終わりましたが、今回の巡拝はお寺からお寺を一目散に目指し、予定よりも一日早く満願としてしまった事から、巡拝した印象として残る残像が薄く、一緒に同行した人々にも四国の魅力を伝えられたか疑問を残す遍路となりました。

 残した高野山への参拝についても、来月に満願としてから立ち寄る予定を立てていた事から、日帰りで簡単な行程とはなったものの、「大鹿さん、いつにしますか?」と問われても片道4時間はかかる事から、高野山の朱印が済めば、運転して帰る私には大変な苦痛ともなります。

 しかも、私自身は10月1日には「結縁灌頂」のために高野山を訪れる事から、この日に同行してくれれば一度に済みそうに思えるものの、朱印だけのために走る私は運転手役でしかなく、朱印だけであれば四国遍路がスタンプラリーにも思えてくる始末である。

 何も判らず次の寺を目指した初期から、せっかくだから観光もと名所も巡り、観光気分の反省から礼拝を重んじ、結局は同行者の声でスタンプラリーになったと思うが、私自身も弘法大師ゆかりの史跡や修業の場を案内する気持ちが希薄すぎたと反省の遍路ともなりました。

 明日は議会最終日となり、来月の津島秋祭りの街歩き(バリアフリー)の案内から、しばらく発行していない議会だよりの発行にとりかかるとともに、福祉有償運送の宣伝もしないと何も役立たずとされそうです。
                                    9月24日の一言