今年は高野山へ3回訪れていますが、高野山奥の院の入り口となる一の橋の左に「ああ同期の桜」の慰霊碑があり、その後ろに「鶴田浩二」さんのお墓があります。私はこのお墓の存在を知ってから、高野山に行った時は必ず訪れています。

 もっとも、最近では一緒に訪れている仲間を一の橋前の土産物店に案内して、1人で慰霊碑とお墓に参拝していますが、四国遍路と高野山行きに鶴田浩二さんの唄は欠かす事のできない存在でもあります。
 理由は運転手である私の眠気防止で、眠気が襲う前にテープを入れ、眠気が最高潮になる頃には「歌手生活30周年記念コンサート」に入れ替えます。

 「歌手生活30周年記念コンサート」のテープは、昭和57年9月15日に大阪フェスティバルホールで録音されたもので、舞台の上で立ったままマイクを持って休まず歌う「鶴田浩二」さんを想像して、このテープが終わるまでは頑張ろうと運転しているのです。

 さて、日曜日に高野山を訪れた際に、私の車に鶴田浩二さんのテープがある事(鶴田さんのテープしかありません)を知らない初めて参加された人の口から、「鶴田浩二」さんの名前が出され、物真似のコロッケが歌う「鶴田浩二」さんはそっくりだったとの話で盛り上がりました。

 「鶴田浩二なら、大鹿さんが詳しいよ」と、四国遍路の同行仲間が発した事から、テープを入れたところ「一四四のブルース」が流れましたが、コロッケの歌を聞いてきた人にはピンとこないらしく、「これは若い時の曲だね?」と問われました。

 次に鶴田さんにとっては最後に発売された「望郷歌」が流れたところ、「私たち(68才)の知っている鶴田浩二より、もっと古い頃の曲だから声が若いね」との会話が交わされました。

 「一四四のブルース」は昭和60年の発売で、「望郷歌」は晩年となった昭和62年の作品ですから、鶴田さんの60才(享年62才)前後の歌声のはずですが、コロッケの歌を聞いてきた人は昭和20年代の鶴田浩二さんの歌声と錯覚して聞いていたのでした。

 私からこれらが晩年の歌声と聞かされ、「コロッケの声は似ていました?」と問うと、「だいぶ違う」との返事がありましたが、ほとんどの人が「鶴田浩二」さんの歌声を記憶しておらず、左耳に左手を当てて似かよった声を出せばそっくりとなり、私の全く似ていない歌声ですら「そっくり」と言われる始末ですから、似ていない物真似のコロッケの歌も聞いてみたいと思った次第です。

 もっとも物真似でもコロッケはプロ中のプロですから、「そっくりだった」と言われるほど似ていたのでしょうが、この舞台に鶴田さんの三女である「鶴田さやか」さんが出演していたと聞き、「鶴田真由」と勘違いして語られていた事に淋しさを覚えるとともに、偉大な父親に近寄れぬばかりか、親の七光りで舞台に立つ事と、鶴田浩二さんが生きていたらコロッケの物真似も絶対に許されなかったと思うと淋しさよりも悲しくなりました。

 さて、しばらく鶴田浩二さんのブログを見ていなかったためか、過去に掲載したYouTubeの画面から鶴田浩二さんの姿がほとんど消えていました。新しいYouTube再生リストを添付するとともに、久しぶりにパソコンから俳優の鶴田さんの唄声を聞く事としました。
                              12月2日の一言

鶴田浩二 YouTube再生リスト
http://www.youtube.com/results?search_query=%E9%B6%B4%E7%94%B0%E6%B5%A9%E4%BA%8C&search_type=

〇望郷歌
http://www.youtube.com/watch?v=0M3KZDOmNW0&feature=related
〇無情のブルース  
http://www.youtube.com/watch?v=TgffKjNB5zA
〇美空ひばり、鶴田浩二  "頬寄せて"
http://www.youtube.com/watch?v=fqDjO_hk4Wg