

会報はボランティアで配布を手伝ってくれる仲間や大先輩の応援もありますが、家々が建ち並ぶ住宅地の配布をお願いして、私は旧来の農村部や距離の離れた一軒屋などを配布し、午前中は仮眠の前後に行政の仕事を済ませ、午後は会報の折込作業(A3版裏表印刷2枚をA4番8ページへ)と、空いた時間を配布に歩きます。
さて、本日の午後は本来ならば一番最初に配布している私の町内(越津町270世帯)を配布しましたが、かつては町内に多数存在した竹薮(やぶ)が(近所だけでも3ヵ所ありました)今では一ヶ所だけになっており、春のような暖かさも手伝って日当たりの良い南側と北側から撮影しました。
この竹薮は淡竹(はちく)でしたが、かつては孟宗の竹薮が多く、ほとんどが人が入らない環境だった事から、私たちは勝手に入り込んで『隠れ家』を造ったり、勝手に切り出して竹バットにしたり、弓の材料にして我が物顔で遊んでいました。
竹のホームページ(勝手な借り物です)
http://www2.dwc.doshisha.ac.jp/iwanohim/take.htm
地震の時には竹薮に非難せよとは言われるものの、庭に植えると家の床下まで入り込むため竹は嫌われ、家内の在所も裏の竹薮が増えすぎた事から、義父が亡くなった後に切り倒したようですが、切るのも大変で根を張っているので掘ることもできません。
添付した竹薮も、いずれ気がついた時には無くなっている可能性も高く、竹薮の繁殖で荒れ果てて困っている山は多いようですが、平野部(市街地)の竹薮は風前のともし火になりつつあります。こんな希少となった竹薮には環境保護の観点からも残すべきではありませんかね。
2月24日の一言








