本日開催された総務文教委員会を最後に3月議会の常任委員会が終了し、最終日の25日までに各委員会の報告書をまとめれば一段落となるが、今月は行政の年度末となっている事から、自身の政務調査費や政治資金収支報告書の提出も締め切りが迫り、しばらくは自宅と役所の往復が続きます。

 「〇〇なんだけど…」
 「えっ?、どちらさんですか?」
 「オレオレ、〇〇だけどナ…」
 「あー、おれ大鹿なんだけど…判る?」
 「昨日電話くれたろー。何か、あったんか?」
 「あー、ありがとう…」

 30年の時を越えた大学時代の同級生の声に早朝よりびっくりだが、卒業以来一度も会話すら交わしていない友の声は、なんら曇る事もなく、当方の身に何か重大な事があったかと心配するような電話で、昨日留守中に私が電話した事への返信だったが、私に「何か、あった」としたら「火中の栗を拾う」ような返信だけに、学生時代と変わらぬ応対と同時に、何者とも判らぬ当方の電話を取り次いでくださった奥さんに感謝するとともに、彼の誠実な性格が変わっていなかった事が嬉しい電話でもありました。

 電話の主は広島県福山市出身の同級生で、ゼミが一緒だけでなく、学籍番号が隣だった事から一緒に講義は受けていたものの、私は独立心旺盛でアルバイトに走り、彼はバレーボール部にスカウトされた全国レベルの選手だった事から、講義を聴くよりも机で一緒に寝ていたような学生生活だったが、私に大学時代の友人が少ない事から貴重な存在でもありました。

 彼と同じバレーボールの選手だった同級生が名古屋に存在したが、転居したらしく電話が不通になっていた事から、このままでは一生連絡が取れないと30年ぶりに電話を取ったのだが、愛知県の私が判らないのに広島県にいる彼に聞くのも無理があり、本日の夜は勤務先に連絡して転勤先を聞き出して本人にたどり着きました。

 幸いな事は、不通になっていた電話は、東海市に家を新築した事が原因で、不審な電話が多いことから公開していなかったようだが、彼らはスポーツを通じて大学の知人が多いと思っていましたが、全国から集まって寮生活を送っていた(電話の相手は名古屋出身ですが)事から、私と同様に知人が少ないとの一言にびっくりとさせられました。

 「おれ、昔から話好きじゃなかったからナ…」
 「そんでも、よくしゃべっとるじゃないか」
 「おい、おまえ今は何やっとるんだ?」

 なんて調子で、会社から帰宅準備中で、話好きではないと言う同級生と長話となりましたが、会社の位置まで教えてくれたので、ついでの時に訊ねる約束をしました。私だけが友人が少ないと思っていた大学生活は、意外にも私の周りの連中も同じように思っていた様子です。

 同級生の不祥事から突然に旧友が懐かしく思えてきましたが、日頃の忙しさから音信不通となっている知人や恩人も多く、これだけ便利な情報社会になっている半面で、いつでも連絡ができると思っている知人と永久に音信不通となる危険性も感じる一日となりました。明日も旧友探しは続きます。
                               3月12日の一言