「ここには入っていけません!」と言われて、渋々でも従う人や、取材するテレビカメラに向かってくる人、逃げる人などが夕方の特集で取り上げられていたが、立ち入り禁止区域の堤防で魚を釣る人は後をたたない。

 何ゆえに立ち入り禁止にされて、柵まで設置された場所にハシゴまで持参して入ろうとするのか。撮影された映像を見て、対象となる人々の横着な所業に呆れていたが、過去の自分を思い起こしてみると、海岸で釣りをするのに禁止されていた記憶はなく、現在禁止されている場所についても、かつては当り前に入って釣りができた場所ばかりではなかったか。

 我々の少年時代においては、海岸に行けば何所でも釣りは可能で、立ち入り禁止で制約された覚えはなく、木曽川河口や鍋田干拓地で勝手に釣り糸をたれており、それを咎められたり禁止の立て札を見た記憶もないが、最近では海岸そのものに人が立ち寄れなくなってしまっている。

 今では信じられないような話であるが、我々の地域から南下した弥富や飛島の海岸線においても、戦後になっても知多半島と同じように海苔が養殖されており、海岸線に生活する人々は漁業を生業としていた事が、杉浦明平氏の「ノリソダ騒動記」にも記されていた。

ノリソダ騒動記・杉浦明平氏↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E6%B5%A6%E6%98%8E%E5%B9%B3

 昭和34年に愛知県を直撃した伊勢湾台風の被害が大きく、海抜0メートル地帯ゆえに、高い防潮堤も必要不可欠とは思うが、最近では木曽川河口から名古屋港にかけて、海岸や海の見える風景はほとんどなくなり、防潮堤の上に上らないと海は見えません。

 一方では、最近の海岸線は大企業の輸出する車の大駐車場などに変貌をとげ、海の香りどころか海岸の生活様式や風景も皆無となり、釣りを趣味とする少数の人々しか出入りもしない、コンクリートの塊と化してしまっているのである。

 今から20数年前の話とあるが、津島市にも釣りを趣味とする先輩議員が存在し、国道23号付近の河口で釣りをされる姿を何度も目撃していたが、その議員が亡くなられて姿を消すと、その付近一帯の川での釣りが禁止されてしまい、締め出された釣りファンからその議員の存在感を聞いた事があった。

 大物が釣れる絶好の場所だったが、釣りができる川は無料では釣りができなくなり、海岸線には近寄れぬ現実を考えると、本日放映された地域とは事情は違うかもしれないが、横着に思えた釣り人の意見や過去の経緯も調べた放映がなされていたか疑問に思えます。

 私の住む地域も釣りの穴場として雑誌に紹介されているようですが、残念なことは地域本来に生息した魚の釣り場ではなく、外来種のライギョの釣り場として紹介されており、川と道路を仕切る金網のフェンスの上からルアーを投げなければ釣りができず、鉄板とコンクリートの川が釣りの穴場となっている現実もより淋しく思えてきました。
                                   3月17日の一言