本日も所在不明の高齢者の話題が、全国各地から続々と報道されているが、年齢を下げて戸籍や住所を調べ直すと所在不明者は拡大の一途をたどる事は間違いがなく、若者の所在不明者を考えると家庭の崩壊すら感じさせられます。
 
 一方で、本日の夕刊には、昨年度の国民年金の保険料納付額が過去最低となった事が報じられている。
                      http://www.asahi.com/national/update/0805/TKY201008050446.html
 
 報道では、国民の年金制度への信頼が揺らいだことも、納付率の低下に拍車をかけたと分析し、「未納・未加入の増加で、将来年金を受け取れない人が増えるなどの影響も予想される」と結んでいる。
 
 悲惨な事故や、残酷な事件が続き、日本の歴史上で消す事も忘れる事もできない、太平洋戦争の敗戦記念日が近づいた事も忘れられそうだったが、国連事務総長潘基文(パン・ギムン)氏の来日と、原爆被災地の長崎市を訪問された記事が、戦争の忌まわしい記憶を呼び起こしてくれました。
 
                      http://www.asahi.com/national/update/0805/SEB201008050007.html
 
 国連のトップに座る潘基文氏が来日し、原爆の被災地である長崎市を訪れ、明日開催される広島市の平和記念式典に出席する意義は大きく、「長崎を訪問し、さらに決意が深まった。力を尽くして核兵器のない世界を実現したい」と発言した意義は大きい。
 
 韓流ブームで日本と韓国の関係は、かつての占領や戦いの時代から共に歩く時代となっており、潘氏の来日によってより関係が強化され、国内の沖縄に行くよりも近い距離から、国境の諍いを払拭していきたいものでもある。
  
 
 さて、日本国内の歴史や世界の歴史を見ると、いずれは武器による戦争は無くなっていくと思われるが、平和ボケとなって過去の戦争による多くの犠牲者の存在を忘れてしまってはならない。
 
 侵略戦争の悪者役となる日本であっても、国によって強制的に徴兵され、国や家族のためと信じて命を落とし、未だに遺骨が戻らぬどころか、死んだ場所すら特定されていない旧日本兵まで悪者として忘れてしまう事は許されない。
 
 私の伯父は沖縄戦で亡くなっていますが、遺骨どころか遺品さえ皆無で、絶命した場所すら判らないままですが、私は伯父の魂は靖国神社にはあらず、我家の仏壇にすら戻っていないように思えてなりません。
 
 仏教では50年経過すると「弔い上げ」法要を行い、弔い上げ後では、仏壇から戒名を記した位牌を片づけてしまう事から、太平洋戦争で亡くなった犠牲者の存在も忘れられてしまいます。
 ちなみに、今年10月には昭和36年に亡くなった曾祖母(横井庄一の伯母)の50年法要が行なわれ、にぎやかだった仏壇は父親の位牌のみとなってしまいますが、我家では位牌はそのままにする予定です。
                                     8月5日の一言
追伸
こんな話題とは無縁の世情が嘆かれます。