本日も昨日と同じスケジュールで、午前3時起床で会報配布の後、仮眠もままならず市役所の保険年金課へ知人の医療費の相談で、『限度額適用認定証』を発行してもらいました。これで入院費についてはひとまず安心です。
 
 ただし、入院して手術を受けたのが、右足のひざの複雑骨折のため、後遺症が残ると説明されている事から、退院しても車の運転はしばらくお預けで、車に乗れないと求職活動にも影響する事と、年齢を考えると厳しい現実は免れません。
 
 さて、本日はお盆のために、早朝より隣のお寺(浄土宗・尼寺)の訪問によりお経が響き、我家は旦那寺(浄土宗)の僧侶の昼食場所となっている事から、時計を見ながら各所をハシゴとなりました。
 
 お盆の昼食場所となっているのは、私の叔父が僧侶のため、戦後まもない頃から、叔父と現住職が檀家廻りの途中で、昼食をとってから一休みとして、午後の檀家廻りに出て行く中継地となっていた伝統行事です。
 
 もっとも、現代は車で檀家廻りをするために、住職は寺に帰った方が楽となりましたが、「今年が最後か…」と80を超えた叔父を私が送迎して続く我が家の伝統であり、歴史でもあります。確かに、砂利道を自転車で廻った戦後は、お寺まで30分はかかる事から、昼食のために戻って、また檀家廻りに戻っている時間と、夏の暑さを考えると当時は重要な場所でもあったようです。
 
 昼休みの雑談の中で、来年3月に浄土宗の宗祖「法然上人」の800年大遠忌法要が京都の総本山知恩院で開催され、旦那寺からバス2台募集している事から、「良かったら」と勧められるも決断ができません。
 
 実際には、隣に尼寺がある事から、町内の10軒の檀家には既に話がされているものの、「誰も行きたくない」と不人気で、「あんたはお寺の縁で行くべきじゃない」と言われても、高齢者のお付き合いでは行きたくもありません。
 
 「こんな機会は50年先まで無いことだから」
 「しかし、3月の年度末では…」
 「本当はあんたらが行ってくれると…」
 「○○でも行くのなら」(旦那寺の前の同級生で市役所職員)
 「彼は勤めがあるだろう」
 「私も一緒ですよ」
 「君らはいくらでも自由になるだろう?」
 「○○らは年休が取れるが、議員に休みはありません」
 
 かつて浄土宗の住職で、何度も議長を努められた大物議員の存在から、議員はいくらでも自由な時間があると錯覚されていますが、盆休みすら取れない私の状況と、盆でも業務を行っている行政ですが、職員は年休を取ればいつでも休める環境が理解されていません。
 
 もっとも、夜行日帰りで四国のお寺まで走る私にとっては、企画そのものが軽薄で、遠忌法要は別としても、1泊2日で2万5千円もかけて、立ち寄るのが知恩院の他に宇治の平等院と嵐山散策だけでは小学生の遠足か、敬老会の感覚でしかありません。これでは旅行好きの高齢者も足腰を考えると二の足を踏みます。
 
 一方で、私が何度も四国遍路や社寺巡礼に出掛けている事から、先祖から祭られている浄土宗への無関心さを比較する噂話も聞こえますが、先祖供養と本山だけでは人は魅了されません。
 
 善通寺の管長(法主)になられた樫原禅澄(かしはらぜんちょう)さんは、善通寺の朝の勤行で毎日法話をされるばかりか、月に2回は市中で禅澄法話を実践されており、京都の有名なお寺でも日頃の努力が人を寄せ付けています。 
 
 
 お寺の建て直しは檀家の寄付でまかない、その元締めとして威風堂々と建つ知恩院ですが、大晦日の鐘撞きにしてももてなす気持ちは皆無で、同じ浄土宗でも百万遍知恩寺の方が信者を大切にしている事から知恩寺(旦那寺の本山)なら考えますが…
 
 若者のお寺離れが深刻で、町内に残る『講組』も存亡の危機となっていますが、先祖供養だけでは限界があり、講組の中にも子息が家を出て、高齢者だけが残された家が存在する現実の中では、「全員で」などと強制できるものでもありません。
 
 これだけの不満を書き散らしたので、叔父の関係や過去に一族から住職が出ている事から、一応素直に参加しても良いとは考えていますが、本日からは父親を筆頭にご先祖様も戻ってきている筈ですが…
 明日からは私一人だけ残して家族は夏休みの遠出となります。
                                    8月13日の一言