本日は午前3時に起床して、バイクで私の会報「津島の風」を3時間ほど配布しましたが、かつては新聞販売店主として人が休めば3人分でも配達した体力に陰りを感ずるとともに、自己の資産とは言え玄関のバリアフリーが一向に進捗していない現実を実感させられました。
私の町内には地域の交通安全協会の役員を長年務めるだけでなく、私の小学校時代に自分の息子さんが交通事故に遭遇して長期入院した事から、30年ほど毎日交差点に立って、小学生の安全を見守った人がありました。
当初は、「自分の子供が事故ばっかり遭うから…」と影口を叩かれ、後年は80才を越えた事から「自分の方が危ない」と言われ、人々はあまり評価しているとは思えませんでした。
しかし、雨の日も連日朝夕決まった時間に交差点に立つわけですから、私の知る限りでは当地域において比較できる人がいないどころか、自分の意思で自主的に立った人はこの人以外に一人もありません。
もちろん、本人は名誉的な期待は皆無の人でしたが、何度となく警察から表彰を受け90(才)近くまで交差点に立たれました。皮肉なもので、こんなに頑張った人の奥様が、我家の面前の交差点で交通事故によって亡くなられました。
さて、この人は定年後に新聞配達を始められ、私も開業後には配達をお願いしていたのですが、配達をやめることになったのが、自転車に乗ったままでポストに新聞を入れようとして転倒した事故が原因でした。
当時は「自分の年齢も考えない横着な配達」と思っていましたが、最近では横着ではなく塀とポストの位置が悪く、誰にも危険な(日中の郵便配達でも)造りになっていると思えるようになりました。
一方で、私が開業した当時には家のポストが無い家も多くありましたが、最近ではポストは完備され、照明や庭の舗装など合理的にはなっているものの、防犯上の対策としてワザと人が倒れるように物が置かれたり、庭の趣向から朝の新聞配達にはかなり危険な家が増えたようにも感じます。
実は、本日もかつては通いなれた家の通路で足を取られ、日中には気がつかなかったものの、夜には左足首に違和感を感じるようになり、毎日配達している人々は感じないでしょうが、代配(人の代わりの配達)の経験からは危険箇所も増えているように感じました。
道路や歩道の安全が確保されていく一方で、犯罪を防ぐ目的なんでしょうが、家庭内の来訪者への安全確保が考えられない矛盾と、前記した年齢のせいにしていた危険箇所も、決して年齢だけではなかった思うと同時に、私の運動能力の低下も実感する一日となりました。
文中で紹介した交差点に三十数年立たれた人は10年ほど前に90数歳で他界されておりますが、こんな善意の持ち主は私の近辺では見当たらない事から、あえて『大鹿銀之丞』と記す(私の親戚ではありません)とともに、これからの目標にもしたいと思います。
8月18日の一言








