本日は母校である神守中学校の同窓会総会と、物故者法要が開催され、少ない参加者とは言え、一年に一度の総会を楽しみにご参加してくださる恩師の先生方との久しぶりの会話は、私にとっても貴重な「回想法」となっているのであります。
昨日の朝日新聞夕刊に、「回想法街を挙げて」と題して「思いで語ってお年より元気に」なる記事が掲載されており、本日の同窓会総会に参加された恩師より、記事を引用された挨拶がありました。
回想法(かいそうほう、reminiscence/life review)とはアメリカの精神科医R.Butlerによって創始された心理療法である。主に高齢者を対象とし、人生の歴史や思い出を、受容的共感的な態度で聞くことを基本的姿勢とする。個人に対して1対1で行う個人回想法とグループで行われるグループ回想法に分けることができる。
回想法は心理療法の一つとしての利用のみならず、アクティビティ、世代間交流や地域活動として利用されることが多い。
さて、この回想法については、真剣に勉強してみえる福祉関係者や、日本回想療法学会まで存在し、心療回想士なる資格認定や通信講座もあるようですが、要するに昔話をする事で、高齢者の記憶を回復させる効果があるという事です。
昨年にホームヘルパーの現地研修を福祉施設で行なっている時でしたが、私は昔の地域の様子や歴史に詳しい事から、一緒に研修している人が、雑巾がけやシーツ交換をしている時に、「大鹿さんはこの人の相手をしていて下さい」と言われた事がありました。
相手の人は完全なる認知症の人でしたが、その人が「大鹿さんと言うと、〇〇の大鹿さんですか?」と問われ、まったく遠方の方でしたが、「それは校長先生だった大鹿さんですね?」と、会話が繋がって、その人との会話がまともに通じた事から、私は一日会話をしているだけの研修となりました。
認知症の高齢者でも、昔の記憶はそのまま残っている場合が多く、私がその人の記憶に答えられる土地勘と人脈があった事から、施設の人々でも立ち入れない会話となり、本来は肉体労働がメニューだった研修が「おしゃべり」の一日となった次第でした。
そうやって考えていくと、私の鶴田浩二さんについての知識や、横井庄一さんの戦争やサバイバル体験を語ることも、認知症の人や高齢者の人々の記憶を呼び覚ます可能性があり、人の寄り付かない同窓会総会についても昔話をするわけですから自然に『回想法』となっている事にもなります。
さて、母校では現在武道場が建設中となっており、12月には完成する予定ですが、今年新任となった校長は母校の卒業生で、しかも同窓会長を務める私とは同級生である事から、完成後の竣工式についても、行政は予算どころか何も考えておりませんが、恩師達の期待は大きく、「〇〇校長のために」と今から竣工式を夢みる一日ともなりました。
8月22日の一言








