津島市(7日・23時発)…蟹江IC…東名阪…新名神…中国・山陽…明石海峡大橋…淡路SA…鳴門IC
 
1日目・8日 四国霊場第1番霊山寺…第86番志度寺…第75番善通寺…第74番甲山寺…出釈迦寺イメージ 1
 
 本日の目的地は出釈迦寺の奥の院となる我拝師山に登り、「捨身ケ嶽禅定」を体験する事でしたが、遍路癖というのか霊山寺駐車場で朝を迎え、志度寺から善通寺経由の到着となりました。
 
 2年前にも奥の院を訪れたものの、捨身ケ嶽禅定については強風と高所恐怖症により断念した経緯がありますが、この時は車で奥の院まで登りました。今回は出釈迦寺で「車が大きいので危険」と言われ、以前なら強攻したと思いますが、今回は素直に徒イメージ 2歩で歩く事としました。
 
 さて、この日は奥の院が不在で、朱印はできませんでしたが、捨身ケ嶽禅定は家から軍手持参で臨んだだけに、強風の中を登り弘法大師が7才の時身を投じたと言われる「聖地」を通り越して山頂部まで歩きました。
 
 山の標高については481メートルと低いものの、岩肌は粗くて垂直にそそり立ち、強風が強いため、過去に死者が出たと聞くと足がすくみます。ここで夕暮れを迎えました。
 
 本日の目的は捨身ケ嶽禅定でしたが、途中で立ち寄った善通寺では、過去にお世話になった写真屋さんの広瀬さんに会え会話が交わせました。
 
イメージ 3 車はこの後愛媛県を目指し、四国中央市のおいしい広場「三島乃湯」で入浴し、研修会会場となる西条市を通り越し、松山市に入ってからコンビニ駐車場で車中泊となりましたが、強風と激しい雨により安眠とはなりません。今は車に携帯ガスコンロと水を積んでいるため、休みたい場所でコーヒータイムとなり、夕食はコンビニで購入したビールと肴でそのまま熟睡です。
 
2日目・起床…第51番石手寺…第52番太山寺…
 
 太山寺に第55番南光坊大師堂落成の看板を目にしたことから、南光坊納経所の平田さんを思い出し連絡したところ、本人は不在でしたが、イメージ 4この日は午後1時までおられるとの話に、「1時ではちょっと無理かな」と思いましたが、「タイサン寺なら大丈夫」の声により、「じゃー、今から走ります」と目的地としたものの、車は予想通り午後1時を廻り、平田さんは帰られた後でした。
 
 今にして思えば、南光坊のある今治市には第56番泰山寺が次に存在し、電話口から「タイサンジ」と聞けば、歩いても1時間程度で到着しますが、私が連絡した「タイサンジ」は松山市の第52番太山寺であり、お互いに勘違いした結果のすれ違いでした。
 
 ただし、応対されたのが住職の娘さんで、来週の19日には落成式が行なわれ、新住職として弟さんが披露されるとの話と、来週遍路仲間と訪れる17日の前日にお大師様の引越しが終わっているとの話を聞き出す事が出来ました。
 
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 さて、遍路ではない事から、普段は眺めて通り過ぎている今治城に立ち寄り、城内まで入りましたが、勇ましい藤堂高虎像と、コンクリート製の復元ではあるものの、堀に囲まれた今治城の雄大さから久々にリラックスした気分にさせられました。
 
第55番南光坊…第56番泰山寺…第57番栄福寺…第58番仙遊寺…第59番国分寺…しこくや
 
四国別格二十霊場先達研修会 22年11月10日(水) 愛媛県西条市・りんりんパーク-「しこくや」
 
 3日目の10日は午前8時から受付が始まり、午前中が「お砂踏み」と「大般若転読法要」と「祈祷」が行なわれ、午後は「お大師さまの祈りと救い」と題した、別格10番興隆寺名誉院家・大澤自聚僧正の法話となりました。
 
 私は霊場会会長である別格9番文殊院住職による「護身法ごしんぼう」が魅力で参加していましたが、先達の「老害」による指導中の雑音(知ったかぶりの解説)により、十分に聞こえず、居眠りのイビキとイスしか座れない先達の介助の雑音に悩まされました。人の介助を必要とする先達を「先生」と呼び、雑音とイビキを撒き散らす先達集団の存在は恥ずかしい現実でもあり、自戒にしたいと思います。
 
 ただし、先達として遍路の大先輩となる福井県越前町の高山福氏より各種の錦の納め札をいただき、遍路の案内では尊敬する個人タクシーの中村氏による遍路情報もいただいた事から個人的には収穫の研修会とはなりました。仲間との遍路は来週に旅立ちとなります。
                                 11月11日の一言