
本日の朝日新聞に不用となった名古屋市のペット殺処分年4700匹について記され、その対象となる犬たちの写真(上)が掲載されており、罪もない犬が見つめる瞳の先には、自分を捨てた飼い主が迎えにくる姿があると思うと、身勝手な人間と、迫り来る薬殺処分も知らないであろうペットに切なくさせられました。
私一人が何とかできる問題ではありませんが、預かった犬との別れさえ堪えられず、ペットとの別れを人間と変わらぬ心情で書き連ね、結局はこのまま一生の相棒としてしまった私には想像もできない哀しい話題でもありました。
新聞に掲載された写真の中の一匹が、もしも我家の愛犬モモと相棒リマであったとしたら…
こんな心境で放棄した飼い主が今一度考え直してくれたら、この犬たちも救われますが、写真の犬たちはペットショップで購入された犬である可能性が高い事から、ペットを売ったショップの責任も再考する必要を実感させられます。
我家の愛犬はペットショップで購入した例はなく、私が拾ってきた犬もありますが、全てが知人から譲ってもらった犬や猫で、知人の家からやって来たペットは添付した写真の犬のように簡単には手放すわけにはいきません。
そんな事を考えると、ペットの委棄の責任は売ったペットショップの責任が大きく、簡単にお金を出せば買える半面で、思うように育たないと不用にされて捨てられると考えると、売主の責任も必要と思われます。
さて、こんな一言を記している後方では、私の相棒リマと、我家の愛犬モモちゃんが熟睡中で、私に気づいたモモと私の会話を、リマは寝たふりをして聞こえないふりをしていますが、同じような犬が明日も薬殺されていると考えると、我家の平和を実感するとともに、写真の犬たちの延命を祈る一日となりました。
12月3日の一言








