本日はなんといっても三陸沖の大地震しか話題とできない一日で、私の人生の中でも忘れられない3月11日となりそうです。
地震規模はM8.8、世界最大級 沿岸に大津波
津島市役所では市議会一般質問が行われており、午後2時45分より15分の休憩に入った直後でしたが、私の頭がクラクラとして吐き気に襲われ、会派控え室の窓に両手をかけて冷静に体調を整えていると、建物自体がゆっくりと大きく揺れている事が判りました。
一般質問は最終登壇者の私を残すのみで、当初は冷え込みが厳しかった事から、緊張と血圧の異常による倒れる前兆のように感じましたが、鉄筋5階建ての市庁舎がまるで舟のようにユラユラと揺れ続けました。
あまりの揺れの大きさ(当地方は震度4)から、議会は5分遅れで再開となりましたが、総務部長から宮城県三陸沖で震度7の大地震が発生した事が報告され、私の登壇中にも議場がきしむ揺れが続き、しばらく発言を中止する質問となりました。
私の人生の中では、平成7年1月に発生した阪神淡路大震災と並ぶ、大きく体感する事になった地震ですが、震源地が遠い宮城県の地震ですから、今回の地震がいかに大きかったかが判ります。
議会は私の質問が終了(4時03分)後、追加議案一件の上程後に散会となり、議会運営委員会が開かれ、本日も午後5時を大幅に廻る激論が交わされました。
帰宅後のテレビ報道を見てびっくりとさせられ、その後はテレビの前から離れられなくなりましたが、明治以降最大という地震により、死者は120名を超し、深夜まで各地で火災が続き、日本全土に津波が押し寄せています。
さて、今回の大震災による火災や津波については自然災害であるが、各地に存在する原子力発電所の被害が報じられ、放射能漏れの恐れから半径3キロ以内の住民に非難命令が出されているが、こんな事態も考えると原子力発電の人災としての危険性を再考したいものである。
私はこんな時に現地に走ってボランティアとして活躍したいと以前のブログにも記した事がありますが、現実には月末まで市議会が開会中であり、4月には統一地方選挙が控えている事から現実には何の役にも立たない無力感のみが残ります。
3月11日の一言
追伸
本日の地震により、私の身体は吐き気と偏頭痛が残り、もしかすると身体の平衡感覚に影響を与える揺れだったのかもしれません。








