東日本大震災が発生して4日間が経過する中で、本日やっと宮城県在住の知人と連絡がつき、家族全員が無事と聞いて一安心となったが、何事もなかったと言うものの、未だに地域一帯の電気は停電したままで、電話も不通になっていたのである。
「じゃー、何故に話しておられるのか?」と不思議に思ったところ、「我家の電話機は旧式のアナログだから」との一言が返ってきました。停電のため、最近の電話機は使えないらしく、旧すぎる電話機ゆえにつながるとの話に、情報化社会の皮肉な一面を感じさせられました。
我々が、遠く離れた愛知県で、地震発生直後の被災地の様子を、テレビの映像としてリアルタイムで目にしてきた事から、現地にいる知人が知っている前提で話していると、「テレビは映らないから見ていない」との思わぬ現実を知らされました。
どうやら現地での情報は、ラジオと新聞しかないようで、水道管も破裂して水もない生活から、知人は2時間並んで救援物資をもらってきたそうですが、物資を送ろうにも当分は送る事もままなりません。
さて、原子力発電をクリーンな発電として、電力は原子力が支えているような宣伝が流されていましたが、広島や長崎の例から、万が一の場合は放射能によって人々が危険にさらされる事は判っていたはずですが…
クリーンで安全なら都会の真ん中に発電所を造ればよいと思われるが、都会から遠く離れた場所に建設し、事故後の記者会見についても、幹部は現地から遠く離れた都会で現地の伝聞から想定した説明には説得力もありません。
普段着で放射能の検査を受ける被災者の前で、身体中を白い防護服とコーグルに身を包んだ職員が応対する姿と、地域住民を救うべき消防車のポンプが原子炉へ水を供給する不自然さにはびっくりです。
深夜になり、静岡県でも震度6強の地震が発生し、愛知県でも震度3の揺れが続き、「当地方に移ってくるのだろうか」と話していると、地震より心配となるような強風が当地方を襲っています。
3月15日の一言








