本日は毎日続けてきた会報『津島の風』の配布も最終日となり、印刷した会報全ての配布が終わり、届けられなかった支援者の皆さんのもとには郵便局経由ではありますが、明日には郵送で届けられる予定です。
 
 孤立無援で清掃を続けていた事務所には、午前中にはるばる一宮市から駆けつけていただいた知人2人により、選挙事務所の大きな看板が備え付けられ、午後には街宣車も届きました。もっとも、はるばる一宮市から応援が来ているのに、地元の不人気を象徴するように、事務所には選挙責任者と、私の手足役を買って出る同級生の2人だけで、選挙を重ねるごとに準備の人手が減っている事は、自業自得とは言え私の不徳でもあります。知人2人は、一宮市議会に立候補している先輩議員の後援者で、揃って勝利の美酒を味わえると幸いなんですが…
 
 「こんな暢気な事で大丈夫かァ」と他人事のような一言ですが、四年前も同じような書き入れ(下記添付)をしており、やっていることは変わりなく思いますが、ボランティアを必要とする人々は選挙どころではなく、私の愛車も朝から病院を往復しており、この愛車は23年選手とは言え、会員さんには「大鹿の車ですよ」と叫ばないと私の存在も忘れられて闘病生活の真っ最中にあります。そして、勿論(残念ですが)選挙にも行けません。 
 
大鹿さん、痩せたんじゃない?(選挙前々日) http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/17963806.html
ウルサイのはかなわんからナァ (選挙前日) http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/18026397.html
 
 さて、12年前に初めて立候補した際には、「靴を3足履き潰せ」と海部代議士の秘書(弟さん)に言われ、自分が「有力新人」と報じられている当人とも知らずに、素直に言われるままに走っていました。
 
 4年後には「2回目が危ない」と言われたものの選挙用のパンフレットは一切作らず、3回目からは事前運動も止めた選挙となり、それは今回も一緒ですが、一抹の心配は私の環境の違いから、忙しくて会報の配布地域が限られている事です。
 
 「あの人にも」、「あの家にも」と、届けていない家々を考えると「後の祭り」ですが、多くの知人や恩人が鬼籍に入って不在になっている事を実感すると、地方議員の悲哀を感じて『うつ状態』に陥ります。
 
 最後になりますが、明後日の一言を最後に、告示となる日曜日から一週間は、この一言も休眠状態となります。前回は息子(三男)の代筆となり、前々回は「ほっこり庵」こと名古屋市の大川氏に代筆を依頼しました。
 
 今回はどうするか?
 
 私のブログや一言は、私の政治目的や選挙目当てのために記載を続けてきたものではなく、その日の思いつきで書き入れており、選挙法に触れない記載は可能と思われますから、その範囲内で記載も可能かもしれません。今晩しっかり睡眠をとってから考えたいと思います。
                                   4月14日の一言