選挙が終わり、明日は当選証書の付与式が開かれますが、選挙戦の1週間が空白となった事から、昨日から待っていたように人々の訪問を受け、選挙前からの約束や今後のボランティア活動の打ち合せとなりました。
 
 こんな人気が選挙前の津島市民であったならばと思うような笑い話となりますが、逆に選挙が思わぬ苦戦だっただけに過去3回の選挙では感じなかった人々の温かさも実感しながら時間が経過しました。
 
 今回の統一地方選挙では、平成7年に全国の不登校生徒や高校中退者のために開校された、三河の黄柳野高校の設立運動に関わったボランティア仲間も当選しており、久しぶりの会話から教育ボランティア時代の活動を思い出しました。
 
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 考えてみると、私のボランティア活動は教育が原点であり、PTA会長引退後に「大鹿さんが代表だよッ」と勝手に任された黄柳野高校設立のため、地域の代表として募金活動やフリーマーケットを行ったのがボランティア活動の始まりでした。
 
 教育から防災、福祉と関わるボランティアは変わったものの、人のために働く喜びは格別であり、議員活動にも通じるだけにボランティアに関われることも議員冥利に尽きると感謝すべきかもしれません。
 
 今回の選挙後には、四国遍路を通じて知り合った市外の知人からのメールも多く、本日も知人の遍路中に別格13番仙龍寺の住職から私の名前が出て、「宜しく伝えて欲しい」と言われたと記してあり、落選していたら連絡もできなかっただろうとホッとさせられました。
 
 こんな展開でこの一言を書き終わろうとしていた夜11時になった時に携帯電話が鳴り響き、「大鹿さん、何とかして下さい」とSOSです。
 
 奥さんが救急車で病院に搬入され、病院に行こうにも保育所に通う子供を一人で置いていくわけにもいかず、子供を朝まで預かって欲しいとの話ですが、子守りをした経験もない私ですから、家内に頼んで家中が大変な夜となりました。
 
 本日は夜9時にも家の前で車のガソリンが無くなった人から救援を頼まれ、自宅まで送り、ガソリンタンクを持ってガソリンを買いに走る人助けもあり、選挙直後の忙しさにびっくりの展開です。毎日こんな展開で人助けが続くと、4年後には2920人の人助けとなり、安全に当選できる訳ですが、我家が大変どころか崩壊することは確実です。
                                   4月26日の一言