
本日は昼休みに四国八十八ヶ所霊場会の会報『へんろ』を読んでいたところ、本日が21日であり、私の町内にある真言宗のお寺で『阿字観』が開かれている事を思い出し、突然お邪魔させていただきました。 写真は参道に並ぶのぼり旗です。
「阿字観」は真言宗に伝わる密教禅(禅宗の座禅のようなもの)で、真言密教の経典『大日経』にもとづいて伝わる瞑想法で、「宇宙と呼吸を通わせ、こころを通わせる」事が真髄(テーマ)で、千二百年前から伝承されてきました。
私は平成13年から四国遍路を始め、西国・坂東・秩父の百観音も巡拝しましたが、平成16年に吉野の金峯山寺・蔵王堂で体感した不思議体験がきっかけで、四国遍路の中でも修験道や、護身法・真言に関心を持ち、高野山でも授戒や結縁灌頂なども受けましたが、唯一体験がないのが「阿字観」でした。
我家は浄土宗の檀家であり、真言宗は父親の葬儀に来ていただいただけの縁でしたが、このお寺の先代住職が私の曾祖母とマタ従兄弟にあたる事から、全くの無縁というわけでもなく、常々訪れたいと思うだけで年月が経過してきました。
住職の息子さんが立派な僧侶に成長され、参加者に「阿字観」の基礎から解り易く指導されましたが、日頃の運動不足と不摂生がたたり、「阿字観」の真髄どころか、身体や呼吸そのものが伴わず、準備運動に汗する程度となりました。
平成16年4月29日の一言 吉野の不思議体験の一部を抜粋
あのまま続いて般若心経を唱え続けていたら、どんな世界があったのだろうか。残念だが分からないままとなった。しかし、何か目に見えない法力が僧侶と行者の呪文と手法にあった事は間違いない。経験した事の無い体験だが、説明は難しい。今日は観光旅行のはずだったが、不思議な体験によって修験道の聖地を実感する旅となった。
下記全文
「阿字観」について弘法大師は、「人間のこころの中にはいいものと悪いものもあるが、いいものでいっぱいにしてしまえば悪いものの出る幕はなくなる」という考えを示されたそうですが、私はしばらく通ってみたいと考えています。
「ところで御礼はどうしたらいいですか?」
「えっ?そんな心配はしないで下さい」
「いや、それでは」
「皆さんにもいただいてはおりませんから…」
お寺のホームページでは、参加費が500円と記されておりましたが、参加費が取られていないばかりか、お茶と水羊羹までいただいており、裸のままで志を賽銭箱に入れたものの、高野山や四国遍路のお寺に共通する心遣いを感じ、益々真言密教の魅力と関心を深める一日となりました。
さて、世情は暗く、福島原発については次々と醜聞が伝わり、東北の復興も思うように進んでおりませんが、私のお気に入りとしている矢嶋さんのブログに、原発の放射線物質の影響について興味のある情報が存在し、会話をテープ起こしまでしてある力作のため、下記に添付しましたので是非ご覧下されば幸いと思います。 私の事務所前には本日もスピード取締りのレーダー検知器が置かれ、我家の庭と建物に隠れて警察官が違反者を検挙していますが、添付した写真でお判りのように、私の政治看板の横に検知器が置かれ、捕まえて取り調べる場所にも私の看板が置かれていることから、個人的に警察の取り締まりに協力していると勘違いされるのは必死で、検挙された人から私が個人的に恨まれる可能性もありますが、検挙する立場の警察官は、数日前に「交通事故を減らすため」と言いましたが、本日見た限りでは、明らかに悪者を捕まえる鬼の形相で捕まえており、職業とは言えこんな荒んだ人々と仲良くしたいものではありません。
7月21日の一言








