
本日は7時に第86番志度寺に参拝し、しばらく逆打ちで第83番一宮寺まで参拝し、10時頃に高松市の栗林公園に入り、今月から始まった和舟による遊覧をする予定でしたが、予約客が午後まで続いており、舟に乗れなければ入場しなければ良かったと思っていましたが…
「良かったらご案内いたしましょうか?」
「えっ、良いんですか?」
「はい、私達はボランティアで案内しています」
過去に何度も栗林公園を訪れていますが、ボランティアのガイドさんに声をかけられたのは初めてで、言われるままに公園内を案内してもらい、掬月亭で抹茶をいただき、予定時間を大幅に上回ったものの、案内されたガイドの和田さんのお蔭で、過去に無く栗林公園の魅力を実感させてもらいました。

さて、本日は朝から遍路客も存在せず、3軒目の屋島寺まで我々がはじめての参拝となり、栗林公園から別格19番香西寺、87番長尾寺、満願の88番大窪寺を迎えましたが天候不順で雷鳴が轟ろき、空が真っ黒となっていたことから、同行者たちは満願の感激よりも早く車に戻ることしか頭になかったらしく、急いで別格20番を目指しました。
時間的に余裕があったものの、栗林公園で時間をかけ過ぎたことから、最後の第1番霊山寺を明日に残し、別格20霊場の念珠を依頼するために、第10番切幡寺に近い「須見光栄堂」に立ち寄り、本日の遍路は終わりとしました。

第83番一宮寺の本堂に参拝した時、見慣れたお地蔵様が本堂前に並べられていたことから、記録してきましたが、昨年秋に歩き遍路で疲れ果てていた私に、「お遍路さーん」と大声で呼びかけ、親子で走って追いついてこられた第77番道隆寺近くの松井さんの手によって焼かれたお地蔵様で、懐かしく拝見することとなりました。
昨晩からほとんど眠っていないことから、通常であればそのまま宿で食事後に眠っていますが、本日は徳島市の眉山の麓にある「阿波おどり会館」で、踊りの鑑賞に出向き、気が付いたら私も舞台に上って踊っていました。 過去の遍路では考えられない展開ですが、徳島県の阿波藩主を務められた蜂須賀公は、私の住まいから10分の距離にある、旧美和町の蜂須賀村の出身のため、徳島県の方言と尾張弁は共通するものが多く、「あるでよ徳島」と記されたチケットの「あるでよー」は、徳島県の方言と言うよりも、我々の尾張弁であることから、500年前の先人に思いをはせるとそのまま帰る気持ちになれず、そのまま居酒屋で同行者と店主も一緒になって花を咲かせてきました。
明日は、1番寺から鳴門の渦潮見物に出向き、観光三昧の一日となりますが、午後からは高野山の近くまで移動します。
7月19日の一言








