
本日は叔父の義兄弟(叔母の兄)の葬儀があり、故人は旧甚目寺町の議員を四期務められ、私が初めて選挙に立候補した13年前には先輩として指南していただいた恩人であった事から、甚目寺町(現あま市)まで走りました。
故人は甚目寺観音の前に住まいがあり、宗派も真言宗であったため、私でも判る御経が続き、葬儀そのものの持つ意味が伝わるとともに、我家は浄土宗の檀家ではあるものの、自分も弘法大師と一緒に歩んでいることを実感させられました。
真言宗では即身成仏(そくしんじょうぶつ)を主張し、即身成仏とはこの身このままで仏になれるというものです。
真言宗の葬儀の目指すところ
阿字(あじ)の子が 阿字の古里 立ち出でて
また立ち帰る 阿字の古里
空海の作と伝えられるご詠歌が、宇宙の根源を表す「阿(あ)」から私たちは生まれ、「阿」に帰って行くと考えていることを表しています。つまり、生まれ故郷であるところの「密巌浄土(みつごんじょうど)」、あるいは弥勒菩薩の浄土である「都率天(とそつてん)」へと死者を送ることが、葬儀の目指すところとされます。
愛昇殿本部の資料です
さて、人間に限らず失われていく命の半面で、新たな生命の息吹も芽生え、今年3月に購入して花を咲かせてから枯れてしまったハーブの「ポリジ」がタネから発芽し、新たな成長を始めました。枯れて無くなってしまったと思っていただけに、大切に育てて次につなげたいと思っています。3月の関連する一言
冒頭に添付した写真は、我家のブルーベリーで、葉の裏側には気づかないだけで多くの実が取り残されていました。今年から始めたハーブや園芸ですが、動く相棒リマ(ポメラニアン)と同じで、愛情をかければかけただけ成長し、次につながっていきます。
般若理趣経(はんにゃりしゅきょう)
添付した般若理趣経は、真言宗の葬儀で読まれ、慈救の呪(じくのしゅ)を唱えます。このお経の内容は古来から秘密にされており、読み方は覚えられても内容までは教えてはもらえないものです。最近は四国遍路に必要な経文しか読みませんが、自身のレベルアップにも挑戦してみたいと思います。
8月12日の一言








