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本日26日朝の穂高連邦 小梨平梓川から
 
 今年の夏休み最後となる上高地となりました。たった3日間の滞在ですが、相棒リマ(ポメラニアン雄)と一緒に過ごすため、今年はテントを購入して出発しましたが、私だけの予定だったものの、テントと宿泊場所が離れるデメリットから、家族6人全員(私の母親も私の孫も一緒に)が私のテントの隣に常設のテントを借りました。
 
イメージ 5イメージ 4 1日目の夜こそ雷雨に遭遇したものの、3日間とも好天に恵まれ、1日目は3才の孫も一緒になって明神池まで歩き、2日目は家族は田代池まで散策し、私は相棒リマとテントで留守番となったものの、私と家内については学生時代以来のテント生活で、こんな楽しみ方がまだまだできる事を実感しました。
 
 「また、山に行くかぁー?」
 「お山、また行くゥー」
 
 3才になたばかりの孫がどこまで記憶に残すかは判りませんが、たった3日間とは言え、家族6人がテント生活を送るためには持ち込んだ備品も多く、車まで運ぶのが億劫になり、リヤカーを借りて小梨平からバスターミナルまで運びました。
 
 実は写真では見にくいものの、リヤカーの最後部の家内の前に相棒がカバンから頭を出しており、出会う人々やバスターミナルで待機するタクシーの運転手さんが集まりペット談義に発展し、一緒に滞在していた外国の御夫人のカメラに収まったり、相棒のお陰で中々の人気者にされています。
 
イメージ 2 上高地には番地が無く、仕事で滞在する人はあっても住民は一人もありません。しかし、ここに1年間に100日は滞在しているのが油絵を描く千葉県の渡辺画伯で、私にとっても貴重な友人となっていますが、氏は自分の仕事を後継者に任せて小梨平のテントで生活して穂高や焼岳を描き続けておられ、上高地の渡辺画伯(写真の左側)で郵便物も届けられる有名人となっています。
 
画伯の関係記事
上高地・世界の交差点
 
 金曜日には地元新聞社の取材も受けておられましたが、氏によれば「ホームレスの画伯」として、私がこのブログに紹介したことによって、全国の人々に知られるようになったと語られ、「ブログと言うのはすごいなァ」と言われて、もっと真剣に紹介しておくべきだったと反省していますが、こんな歳になって(私5?才、渡辺氏7?才)意気投合する出会いと魅力が上高地にはあります。
 
イメージ 3 本日は乗鞍スカイラインを走り、乗鞍岳の畳平のレストランで昼食にする事にしましたが、こんなに上高地や乗鞍岳が身近になったのは、私が青ナンバーのタクシー車輌を所有したからで、タクシー事業主として運輸局の試験をクリアして、高額な車輌を買い込んだのも上高地の魅力があったからです。
 
 高速道路の普及によって、かつては長野県の松本から入っていた上高地も、高山市を経由するようになり、日帰りが可能となりました。しかし、マイカー規制がある事から、バスやタクシーに乗り換えるのは費用も時間も大変で、自由に上高地に出入りできるようになった事が、私を上高地の隣人にしてくれました。
 
イメージ 6 さて、今年になって相棒を四国遍路に同行させたところ、自分も一緒に行く事が当然のように感じたか、連れて行って欲しいためか、出かける前に旅行カバンやリュックサックの上に座り込むようになり、一緒に行くためにアピールするようになり、我家では暴君でありながら、旅行先では可愛い子犬のようにおとなしくなりました。
 
 一方で、我家ではケージの中が指定席となっているものの、旅先では助手席か私の腕の中が指定席となり、夜は家内の腕の中を指定席とするようになり、こうなると我が子と同じように感じてしまうことから不思議ですね。
 
 淋しい話題は、上高地からの帰路に必ず立ち寄るようにしていた旧丹生川村の琴水苑が休業中となっており、持参した土産をそのまま持ち帰ることになった事で、休業の理由は訊ねないものの、年齢を考えればそんな体験も増えていきます。9月の再会を約束している画伯の健康も心配する夏休みともなりました。
 
                                8月26日の一言
追伸