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 美しい九十九里浜・千葉県旭市の飯岡漁港
 
 「3人なら2千500円です」
 「えっ? 4人ならいくらになります?」
 「2千円です」
 「えっ?2千円ですか」
 
 宿泊したホテル(写真左上の建物)のあまりの安さに驚きの会話ですが、数年前のテレビに放映された際に料理が良いと紹介されていたのに、素泊まりのビジネスホテルになっていた事から、経営者と話していると東日本大震災の風評被害で観光客が減ったことと、コンビニ弁当持参のビジネス客ばかりになったためとの話でした。
 
飯岡温泉グロリア九十九里浜  http://www.gloria99.com/
 
 「風評被害があったんですか?」
 「あったどころか、被害も酷かったのよ」
 「ここにも被害が?」
 「そうよ、ここも津波で13人が亡くなっているのよ」
 
 連日報道された東日本大震災でしたが、千葉県の被害は浦安市の液状化による災害ばかりが印象に残っており、旭市や飯岡漁港の津波被害には全く無知で、津波で亡くなった人が存在したことにびっくりとしました。
 
東日本大震災 千葉県旭市飯岡海岸津波被害
 
東日本大震災 ① 飯岡~旭 津波 http://www.youtube.com/watch?v=lIC4M_b6Wz0
東日本大震災 ② 飯岡~旭 津波 http://www.youtube.com/watch?v=jjeJnRYOFVw
 
 愛知県から東北の宮城県や岩手県に出かける災害ボランティアも多いが、千葉県にも甚大な津波被害があった事を知っているのだろうか。あまりにもセンセーショナルな陸前高田市や石巻市の津波の映像が頭に残り、私は千葉県の津波被害には認識しておらず、ネット社会で何でも判っているようでも、自分の狭い情報量を実感させられました。
 
 添付した被災時や被災直後の映像を見ると、宿泊したホテルが映し出され、屏風浦を見に訪れた灯台下や飯岡漁港を津波が飲み込む様子があり、ここで13人もの人々(行方不明も2人)が命を落としているのが信じられません。
 今回の千葉行きでは、知人との再会や、愛犬家との遭遇の中で、美しい九十九里浜にも悲惨な過去があった事を知らされ、ここで起こった教訓を全国で生かすことが重要と思います。 
 
津波の教訓、どう生かす 警報「半信半疑」3割
記事の続き…
 津波が押し寄せてくるまでの行動については、40・8%が「津波に関する情報を得ようとした」と答えたものの、津波による浸水地域を示したハザードマップを実際に確認した人は0・4%しかいなかった。
 気象庁は地震発生から3分後の午後2時49分に大津波警報を出した。これをテレビや防災行政無線で見聞きしたと答えたのは58・0%。このうち3割強の人が「大津波が来るかもしれない」と思った一方、3割弱の人は「半信半疑だった」と振り返った。
 避難を始めた時間に関する問いでは、「5分以内」が9・6%、「5分超~30分以内」が28・9%、「30分超」が4・1%だった。避難しなかった人は18・4%に上った。
 避難したと答えた人は8521人おり、このうち現金や携帯電話を持って逃げたとした人は4割を超えたが、食料や水、防災セットを持ち出したのは1割以下だった。5割近い人が車で避難していたが、渋滞や道路の陥没でスムーズに動けなかったと答えた。車ごと流されたり、水につかったりした人もいた。避難先で津波に巻き込まれた人も210人いたという。
 津波は繰り返し被災地を襲ったが、当日の夕方までに浸水地域に12・5%の人が戻っていた。「自宅の被害を確認するため」「家族や親戚を捜すため」が主な理由だった。
■家族で話し合い 大切
 未曽有の被害をもたらした大震災。その備えについての質問では、1万1400人の24・2%が「避難場所や経路を家族で決めていた」、21・0%が「津波避難訓練に参加していた」と答えた。一方、三陸地方には「大地震が起きたら、てんでんばらばらでいいから早く1人で高台に逃げろ」との言い伝え(津波てんでんこ)があるが、これを意識していた人は9・7%にとどまっていた。
 70・8%が「これほど津波が強い威力とは思っていなかった」とし、「これほど内陸まで津波が来るとは思わなかった」とした人も55・2%いた。
 震災を受け、行政に対して「停電時でも警報や情報を確実に伝える」(68・9%)▽「大震災の記録を後世にしっかり伝える」(62・3%)▽「短時間で安全に避難できる場所を整備する」(54・7%)――ことを求めた。6割を超える人が教訓として「家族と避難について話し合っておく」ことを挙げた。
 被災者がつらい記憶をたどりながら答えたアンケート。群馬大の片田敏孝教授(災害社会工学)は、避難先に行き着いた人が津波に巻き込まれたことが改めて明らかになった点に着目し「いったん避難しても時間が許す限りより高いところを目指す姿勢が大切なことを示している」と話す。
 関西学院大災害復興制度研究所の室崎益輝所長は、大津波警報を見聞きした人のうち3割弱が「半信半疑だった」と答えたことを踏まえ、「大津波警報を見聞きするのは一生で何度もない緊急事態だ、ととらえてほしい」と呼びかける。
 津波で宮城県東松島市の自宅を流された中井政義(まさよし)さん(48)は、長男(20)が車で避難して渋滞に巻き込まれた。命は助かったが、水は足元まで迫った。中井さんは「過去の大津波を私たちは忘れていた。震災を風化させず、語り継ぐことが大切」と話している。
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 アンケートは昨年8~10月、岩手、宮城、福島3県を対象に内閣府が実施。津波で浸水した地域に住んでいた人のうち約1万3646人に協力を求め、1万1400人が回答した。
 
 ここに添付した朝日新聞は昨日の記事ですが、津波に限らず災害に対する意識は同じことから、「過去の大津波を私たちは忘れていた。震災を風化させず、語り継ぐことが大切」との被災者の声を噛み締めたいものです。
 
                                  1月29日の一言