
本日は福祉有償ボランティアの会員さんではないものの、私を個人的に依頼されるご婦人(おばあちゃん)を病院に搬入しましたが、私の自宅からご婦人の家まで25分かかる距離にあり、ここから病院までは10分で到着する事から、搬入よりも出向く方が大変なボランティアでもあります。
本来ならボランティアのNPO法人に入会してもらうのが筋ですが、「大鹿さんがダメなら良いわ…」と諦めてタクシーを利用されますから、ボランティアではなく『おおしかタクシー』として出動していますが、先祖代々の地主さんの家柄のため、誰でも良いのではないようで、誰が来るかも判らない一般タクシーも好きではないようです。
最初はタクシー料金よりも低価格にしていましたが、最近は福祉有償として完全なるボランティア価格で搬送しており、低価格では私に悪いと考えられ寄り道されるようになり、私の公的日程とは重ならない依頼のため、時間を無視して同行しています。
「タバコも買っていきたいんだけど…」
「いいですよ」
「実は、そこにしか無いタバコなんだけど…」
「何処でも行くから良いですよ」
病気で入院が続いているのに、ご婦人の「タバコ」の一言にびっくりしていると、何処にでもあるタバコではなく、津島市のその店以外には名古屋市まで行かないと販売されていないそうで、この店を教えてくれたのが病院の入院仲間というのも皮肉ですが、このお店の話ではその2人しか買われないタバコのようです。
もっとも、このタバコ屋さんは、駅に近い旧国道の交差点に存在し、歩行器がないと歩くのもやっとのご婦人を降ろすことは危険なため、私が代行して走りましたが、タバコと無縁の私は役立たずのため雨の中を何度も往復することとなりました。
「大鹿さん、待ち時間分も料金取ってよ」
「急いでいないから良いよ」
「取ってもらわないと頼み辛いんだけど…」
(本当は福祉有償運送でも待ち時間分の料金はいりますが…)
「〇〇さん、本当はもっと行きたい所があるんじゃないの?」
そんな展開から添付したショッピングセンターに立ち寄り、薬屋さんだけの予定でしたが、買い物に出向く機会も無い人だけに、時間無制限で待つと伝えると、カートに満杯の買い物袋を持ち、「これは大鹿さんに」と私へのお駄賃の土産も買ってこられました。
ご婦人の地域は電車の駅にも遠く、路線バスの路線は皆無で、行政の運営するコミュニティバスのバス停も遠く、タクシーを呼ぼうにも近くにタクシー会社もない農村のため、買い物に出るのも容易ではなさそうです。
以前は介護保険のヘルパーに買い物も同行してもらえたそうですが、それまで1時間あったサービスが45分に短縮され、ショッピングセンターに出向いても歩くのがやっとでは買い物をする時間も無いそうで、時間の延長はできない事から利用もできないようです。
お金に困らない家庭ですが、同居するご主人も闘病中で、庭に置かれた盆栽にも水がやれないくらいのほぼ寝たきり状態となっており、買いたい物も自由に買えない環境がありながら、打開策は見当たりません。我家の近くには生協の車や、夕食材料を運ぶ車も見かけますが、この地域には出向いても採算がとれないような田舎なんでしょうね。
「買い物難民」という言葉が当り前のように使われるようになりましたが、都会でも買い物に不自由するのに、わざわざ過疎の農村部へボランティアに出かける人はなく、金銭のトラブルまで考えると田舎の買い物ボランティアは大変です。
郊外に大規模なショッピングセンターができ、田舎には必ずあった村々の商店が経営難から廃業し、最近は田舎にもコンビニが存在しますが、車に乗れなくなった高齢者は買い物にも出かけられません。今でこそ便利で有用となる御用聞きも、高額なことから顧客にそっぽを向かれ、顧客を安売りする大型店舗に奪われて消失し、今なら「いくらでも良い」と思っても来てくれる業者もありません。
大型ショッピングセンターもコンビニも存在しない山奥よりも、手の届きそうな距離に各種の店舗が点在する都市近郊部では行政も肩入れできないため、都会の真ん中や、都会に近い農村部の方が買い物弱者が多数存在しているのかもしれません。
「議員を辞めてボランティアに本腰入れようかな」
「何を言っているの」
「議員の代わりはいくらでもいるから…」
「大鹿さんの代わりにはならないでしょ」
ご婦人は私の住む津島市の住民ではなく、隣の愛西市の住民ですが、(高齢のおばあさんに)私の議員生活まで心配されると、今年の年末には60歳を迎え、立ち上げたNPO法人だけでなく、青ナンバーのタクシーまで買い込んだものの、このままではボランティアの目的も達成できない事と、30代から仕事とボランティアに明け暮れて、我家の庭やガタのきた家屋に見向きもしなかった自己の人生まで考えさせられる一日ともなりました。
2月4日の一言








