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 添付した写真は、昨年4月3日の一言に添付した椿の写真で、綺麗なピンク色で大量の花を咲かせていましたが、その後遺症もあったのか、夏に数日家を空けていた隙に枯らかしてしまいました。近いうちに植木鉢から路地植えにしようと考えていただけに残念ですが、枯れた木から新芽は出ませんでした。
 
 この椿は、四国の別格14番椿堂で平成9年にいただいた椿の木で、昨年11月に訪れた際にご住職の奥様に話したところ、「まだ残っているので良かったら…」と言われましたが、ピンクの花の咲く木が特定できない事から、咲いたら判るようにお願いして帰ってきました。
 
 下に添付した過去の一言にも記されていますが、このピンク色の椿には思い出が詰まっており、3年間だけでしたが当り前に花を咲かせ、特に昨年は大量に花を咲かせたことから、枯れるなんて思ってもいませんでした。
  
 
 昨秋に「花が咲いたら」とお願いしてきましたが、愛媛県の新聞報道から「つばき祭り」の記事を見つけ、まだ先の話と思っていた椿の開花が現実のものとなっており、昨年は4月に開花していたものの、3年前には2月に開花していた事から、私の記憶もいい加減なものですね。 
 
華やぐ参道 松山で椿まつり始まる
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ワッショイ」。16日午前0時の開門に合わせ、和菓子の「一六本舗」などを経営する「ITMグループ」(松山市東石井1丁目)の社員110人が楼門から走り込んだ。「商売には一番が大切」と30年ほど前から続ける社を挙げてのイベント。玉置泰社長(63)は「社員とともに、今年一年をやり抜くぞという気持ちになりました」。ほかにも参拝客10人ほどが「一番乗り」の祈祷(きとう)を拝殿で受けた。
 好天に恵まれた日中は500店ほどの露店が並ぶ参道が食べ歩きを楽しむ人たちでにぎわった。鳥居横の駐車場付近には、縁起物店が十数店。地元の農家らが毎年、福を呼び込む熊手や福俵など手作りの縁起物を売り、毎年買い求める常連客も多い。
 近くの主婦今村光枝さん(69)は半世紀近く、自作の稲から家族で作った福俵や宝船を売っている。「今年も来たよ、とお客さんに声をかけられるのが一番のやりがい。皆さんの一年がいい年になれば」と話す。松山市の自営業谷口見和子さん(43)は「昨年より一回り大きい熊手を買いました。一歩前に踏み出せる年にしたい」。
 神社は縁起開運と商売繁盛の神で知られ、祭りは毎年、旧暦の1月7~9日に合わせ伊予路に春を呼ぶとされる。3日間の期間中に約千の企業や自営業者が祈願に足を運ぶという。17日午前9時から例大祭、同午後6時半からみこしを金刀比羅神社(同市北土居4丁目)へ運ぶ「お忍びの渡御(とぎょ)」があり、18日深夜12時の閉門まで休みなく続く。
 権宮司(ごんぐうじ)の長曽我部昭一郎さん(41)は「季節の移ろいを感じながら、心静かにご参拝いただければ」と話した。
 
 さて、私は平成13年から四国遍路をはじめましたが、これまでの10年間にもっとアンテナを広げておれば、もっと四国を無駄なく廻っておれたと反省ばかりの繰り返しで、今回も松山市の椿神社で規模の大きい「椿まつり」が行なわれていることを初めて知りました。
 
 椿神社は、伊豫豆比古命神社といい、伊豫豆比古命・伊豫豆比売命の二柱を祭神として二千余年の古くより鎮座しており、縁起開運・商売繁昌の神様として多くの参拝客が訪れているようですが、現在も境内一帯に藪椿を主に、各種の椿が自生していることが、「椿の神社」と呼ばれるとの説話があるようです。
 
 まもなく3月議会が開催されていきますが、四国に残してあった宿題も忘れてはならない事を実感する一日となりました。
 
                                     2月17日の一言