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 添付した写真は、樹齢100年以上の古木に枝を出す松の枝で、桜と思われる古木の折れ口から発芽して新芽を伸ばしており、共存共栄を図れば数年後には春に桜の花が咲く松として有名になるのかもしれません。
 
 携帯電話の感度が悪いため、説明がなければ判りませんが、桜の古木は枯れていくものと思われ、桜の花と松のコラボレーションは実現しない可能性もあるものの、根元からは新しい桜の枝も出ていることから、専門家が面倒をみて名物に育ててもらいたいものです。
 
イメージ 2 この木は中仙道49番目の宿場「御嵩宿」にある古刹願興寺(がんこうじ)の山門近くに生えており、願興寺は天台宗の開祖となる最澄が弘仁6年(815年)に創建と伝えられ、山号の大寺山のごとく荒廃はしているものの私の住む津島市周辺には存在しない大きな本堂と広い回廊に驚かされます。
 
 境内からは最澄の時代より古い奈良時代の古瓦が出土しており、古代創建の前身寺院(願興寺廃寺)が存在したとありますが、私が驚いたのはこの一帯の御嵩宿は尾張藩領とのことでした。御嵩町は岐阜県のため遠い印象が強かったものの、愛知県の犬山市に隣接し、宿場町として歴史を刻むだけでなく、旧中仙道から高速道路網が拡充されたことで、車の流れから外れて隠された観光スポットとしての魅力を感じます。
 
 私の住む津島市は、旧東海道の熱田から桑名までの海路に併設された陸路の佐屋街道が通っていますが、中山道は東京の日本橋から始まり、浦和や高崎、軽井沢と進み、塩尻、薮原、馬篭から御嵩へ入り、鵜沼から関ヶ原を経由して草津から東海道に合流して京都三条大橋に至ります。
 
 木曽川の河口となる我々の住む一帯は、木曽川や関連する支流の氾濫が繰り返された歴史によって、古刹が水害で流され続けたことから存在せず、御嵩宿に残された宿場町としての遺産や神社仏閣は輝かしい文化、観光資源でもありました。
 
 半月前に訪れ、記憶からも忘れられていた古木に生えた松でしたが、携帯電話に残された画像を削除する中から存在に気づき添付した次第です。春の桜が開花するころに訪れてみたい宿場でもあります。
 
                                     2月20日の一言