イメージ 1
これは何でしょうか? 判りますか?
 
 本日は我家の旦那寺となる浄土宗のお寺で開催された、涅槃会(ねはんえ)と御忌(ぎょき)に参加してきました。
 涅槃会はお釈迦様の業績をたたえ、追慕、感謝する法要で、釈迦入滅の日とされる陰暦2月15日(現在は3月15日)に、涅槃図をかかげて遺教経(ゆいきようぎよう)を読誦するようです。本日の読経については阿弥陀経が読まれていました。
 
 御忌については、浄土宗の宗祖・法然上人の年忌の法会であり、そのご命日に、上人のご遺徳を偲び、ご遺訓の『一枚起請文』を声高らかに拝読し、営まれる法会を御忌会と言うとあります。
 
 法然上人は、 建暦2年(1212)1月25日、80歳に京都・東山の吉水で亡く亡くなられており、釈迦については、紀元前500年から383年とか定かではありませんが、その頃の2月15日にクシナガラ郊外の沙羅双樹(さらそうじゅ)の下で、頭を北、顔を西に向け横たわる姿で、高弟や信者に見守られて入滅したと伝わっています。
 
 インドのお釈迦様が広めた仏教の教えが東南アジアから中国、朝鮮を経て日本に伝わり、多くの宗旨に枝分かれしたものの、現代社会まで引き継いでいる事にも驚きですが、それぞれの教義は異なってもお釈迦様への尊厳が失われていないことにも驚きを隠せません。
 
 さて、最初に添付した棒は何か判りましたか。多くの方は子供の頃に見たか、食べられた経験があるでしょうが、法要が終わった後にご本尊に供えられた果物と一緒に配られる米を原料とした餅で、これを1センチ程度に切って焼いて食べます。
 この餅については、お寺の近所の檀家のご婦人たちが作るそうですが、私の住む町内の浄土宗の講組では、講組自体を止めようかと相談している有り様で、お寺の檀家の温度差も実感させられます。
 
 私の隣にも浄土宗の尼寺があり、私の子供の頃には春にお釈迦様の像にお茶をかける「甘茶」がふるまわれており、それはお釈迦様の4月8日の誕生を祝う行事でしたが、今ではそのことを記憶している人も少なくなっており、当り前のように続けられている伝統行事には頭が下がります。
 
 日頃、四国遍路や古刹めぐりには関心を持っていても、先祖供養には無関心になっている反省も必要ですが、本日は僧侶として叔父も参加しており、本堂に張り出された檀家の年忌表を眺め、親類の法要の存在とどうじに年月の経過に花を咲かせる一日ともなりました。
 
                                    2月24日の一言