
本日は、津島市の市政66周年記念式典が津島市文化会館で開催され、6名の特別表彰をはじめ、15名の永年勤続表彰と、8名の一般表彰が挙行されました。
表彰行事の後には、昭和38年に結婚し、今年で50年の金婚式を迎えられた72組の御夫婦をお祝いする式典が行なわれ、今年からはそれぞれの御夫婦に市長みずからが記念のメッセージを手渡され、最後に代表者へ記念品が贈呈され、謝辞が述べられました。
かつては、表彰式と金婚夫婦を祝う会は別々の場所で行なわれており、我々議員も場所を移動して参加していましたが、数年前から同じ会場で前後して行なわれるようになり、昨年は表彰式に時間をかけた後に、10分程度の金婚式で終わってしまったことと、私自身も時間がかかった表彰者の一人だった事から、金婚式に参加された当事者から直接批判の電話がありました。
このことは、批判された私自身も心苦しく、批判された人々に応えるため、6月議会で金婚式の改善を求めていたことから、市長がそれぞれのご夫婦の前に歩み寄り、それぞれの名前が入ったメッセージを手渡すという感動的な式典に改善されていました。
さて、本日の新聞報道では、名古屋市の河村市長が率いる地域政党「減税日本」の名古屋市議の不祥事による除名や離党が続き、本日の朝刊には2人の離党により、第2会派の自民党と1議席差になった事が報じられていましたが、夕刊には新たな離党希望者の出現で自民党と議席数が並んだと報じられています。
河村市長の求心力低下を報ずる新聞やテレビもありますが、一番の原因は、自分の力では議員になれるはずも無く、議員になる準備も無かった市民が、河村人気で突然議員となり、政令指定都市の市議会議員として勘違いした「先生」になってしまったか、元々が不安定な生活だったことが要因とも思います。
過去の不祥事には目をつぶり、選出された28人が議論は戦わせても、喧嘩別れをすることなく、市民に選出された責任を果たし続けておれば、市民派としての勢力を維持できたと思いますが、離党して次の選挙に勝ち残る可能性は皆無との自覚もないままに、勝ち誇ったように離党会見で発言をしています。
河村市長が存在することから、河村市長の今後の展望と発言に期待するマスコミの動きを、離党会見をする自分の存在感からマスコミが訪れていると勘違いし、離党することが市民の民意や市民の政治参加を否定していく自覚が感じられません。
私は反自民、反民主の無党派無所属議員を続けてきましたが、名古屋市で起こった減税日本の躍進は、既成政党の殻を破った河村発言や、自民党や民主党の議員に無名の市民が勝った選挙結果だけに、大いに期待してきました。
国政は、国民不在で幼稚な国政運営をする民主党の惨敗に終わったものの、結局は自民党だけが残り、市民派と呼ばれる政党も無くなってしまいました。
2年前に河村市長とタッグを組んだ愛知県の大村知事にしても、当選後は河村市長と反目する発言や、減税の旗を降ろすなど関係が希薄となっているものの、次期選挙に河村市長の援護がなければ厳しい戦いとなる事が予想され、国民の半数以上が支持政党を持たない無党派である事を考えると、残された任期中で市民や県民の信頼を取り戻す努力が欲しいものでもあります。
統一地方選挙から2年が経過しましたが、第三極の政治に期待した挙句に、選挙に勝つためだけに市民が利用され、国政選挙が終わったら国民目線では無くなっている現実に、名古屋市の減税日本の凋落を重ね合わせてしまう一日となりました。
3月1日の一言








